見出し画像

八十二話 配属先

 いよいよリアルな配属だ。准尉は、半地下の建物の中に新兵を引き連れ、五名ずつ引き渡す。
 浅井は四番目、最後の組だった。
 准尉に続いて建物に入る。
 入口付近、通路のようなところで腕立てをやっている人がいた。
 黒縁眼鏡を掛け上半身裸で豆タンクのような体躯。頑丈そのものだ。
 准尉に「お待ちして居ました」と言って立ち上がり、名簿を受け取る。次いで、新兵の方を向いた。
 通路にある小銃の銃架を顎で指す。

 「空いているところに自分の小銃を置いて、その場所の番号を覚えておけ!」
 これが後に浅井の命を救うことになる田村班長だった。戦後、田村電機の社長として、卓上型公衆電話、通称「赤電話」を開発。東京証券取引所の市場第一部に上場する。浅井は、田村が死ぬまで仕えることになるのだが、それは神のみぞ知るところ。今は知る由もない。

 ともあれ、これにて浅井は配属された。
 支那駐屯歩兵第一連隊歩兵砲中隊第一小隊第一班、浅井宏二等兵となる。
 直属の上官は、第一班班長、田村邦夫軍曹。

 「お前達の夕食は用意してあるが、先ず班に入って先輩に自己紹介しろ!」
 五名の新兵を引き取った田村が早速命令する。新兵は班長の後につき、内務班に入った。

 「グッ、ムオぉーーー!!」
 透明なガラス戸を開けた途端、だるような熱気が襲ってきた。
 「うっ、ぐわーーー」
 未体験の空気――内務班には二十人くらい人が居た。その通路のど真ん中に、オンドルが仕掛けられていた。パイプを通して床下から発せられる熱が、内務班全体をおおう。外は零下二十度の極寒、中は真夏の暑さ。急激な気候変動に、新兵五人は戸惑い焦る。

 そんな中、古兵たちは上半身裸で悠々自適。将棋を指したり、花札で遊んでいる。しかし、新兵が入って来るとピタリと止めた。
 視線が一斉に、こちらに向いた。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?