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持ってる安部公房全部読む ー石の眼ー

最近、私のTwitterのTLで安部公房を見かける頻度が多くなってきて、ついリプライをしてしまう。そうすると、私があまりにも安部公房安部公房と言うから、つい手に取ってしまったとか、懐かしくなってとか、読んでみたくなってという答えが返ってくるようになった。こういうのってすごく嬉しい。記事を読んでくれるだけでも有り難いのに、更に読んでくれるなんて……私はいつもみんなに支えられているなと思う、本当にありがとうございます。こういうことを言うのは烏滸がましいが、最近はもしかしたら安部公房の人って思われているかも知れないと思うなどする。今後も地道に安部公房布教活動をしていく所存。

2023年3月1日、石の眼を読んだ。二人の男女がバスを降りた瞬間から始まる、ダム建設をめぐる物語。今まで読んできたものたち(或いはそのイメージ)とは、少し毛色が違う。安部公房作品にしては珍しく、登場人物のほとんどに名前がついており、物語の筋が追いやすい。サスペンス調で、誰が殺すのか殺されるのかの展開に思わず手に汗を握ってしまう。だがそこは、やはり安部公房、各人物の心理描写に”らしさ”を感じて面白く読めた。物語の本筋には関係ないのだが”すごく、セクシイな声を出す人よ、まぐろのトロみたいな……”という台詞が好きだった。私は「いいぞ安部公房」と思った。たまにこういうところが出てくると、多少毛色は違えど"安部公房み"を感じる。そのセクシイな声は、多分ねっとりしているんだろう、その上セクシイと言われているので色気もあるのかも知れない。私はマグロが食べられないので、トロみたいなねっとりとしたと言われたところで分からないのだが。


作品の話をすると、ダム建設による生活用水の確保や治水というものは建前で、その奥には利権を貪る悪徳な業者の姿。その業者を取り巻く人々にも、また別の思惑がある。読み進めるごとにそれらが明らかになり、段々と皆が疑心暗鬼になっていく。誰もが、あくまでも自分が被害者だと感じており他人を犯罪者として”見ている”が、それと同時に自分も他人から犯罪者として”見られている”という構造。自分は一体誰を信じたら良いのか分からず、血を分けた自分の肉親ですら信じることが出来ない。何も見えない真っ暗な藪の中にいるような心持ちになる。そう、安部公房作品にお馴染みの”段々と不安になってくる”アレである。


この作品は実験的すぎる駄作という声もあり、賛否両論ある様だ。確かに社会派に全振り、とまではいかないが相当寄っている。ダム建設の利権目当ての業者、そしてそれに反対する人々にもまた別の利権があるだろう。そういった面が表立って描かれていることや、そもそものテーマ自体(公共事業を巡る利権関係、社会体制を批判するもの)が、安部公房にして実験的とか駄作だと言われる所以なんだろう。ただ私は、錯綜する人間関係や先に述べた各人物の心理描写、特に冒頭に出てくるネズミと呼ばれるナイフを持った男のコンプレックスに満ちた内面、それに追われる描写、そしてラストシーンがとても安部公房的でいいと思うのだ。そして細部に仕込まれている入念な調査の足跡……絶版になっているのが勿体ないと思う。もし見つけたら読んでみて欲しい。


石の眼/安部公房(新潮社)
※いつもはhontoのリンクを貼るのだが、絶版本なのでAmazonのを貼っておく

https://amzn.asia/d/fmtGfDs


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