見出し画像

通訳 vs. 翻訳

なかなかね、分かってもらえないんですよ、この違い。
通訳と翻訳の違いです。

いったい何がそんなに違うというのか、特にきっと不思議に思われるでしょう。
特に英語に関わっていない一般人の方から見れば、

・英語のプロである
・言語能力が高いらしい

という事実から、語学のプロとしての通訳も翻訳も変わりないものでどちらもできるものだ、と考えられるようですが、どちらもハイレベルでやっている方は数としてはかなり少ないです。確かに高い語学力は必須の職業ですから、どちらもボキャブラリーは豊富で文法力も高いものが必要だ、というところは同じです。しかし、基本的な語学力を身につけた後は、通訳者になるため、もしくは翻訳者になるためのトレーニングはまったく違っています。

そんなところも含めて、通訳と翻訳の違いを少しでもご理解いただけるように説明していきたいと思います。

話し言葉と書き言葉

まず第一の違いは、通訳は話し言葉、翻訳は書き言葉、ということです。通訳者の納品物は、あくまで話し言葉です。目の前に言葉を耳で聞く人がいる状態で、最終成果物が口から出る言葉なのです。

それに対して翻訳者の納品物は、文章として書かれた言葉だです。書き上げた状態では普通、目の前で書いた成果物を読む人はいないでしょう。翻訳エージェントなり、クライアントなりに納品されてからの善し悪し判断となるので、仕事の評価にワンクッション置かれている、と、とらえることもできます。

ただし、書いた文章は当然ですが、残ります。後から人が読むために訳されているわけですから、当たり前ですね。通訳と違って、言い換えや訂正が効かないので、書き言葉としてじゅうぶんに練られた言葉が必要とされます。言葉に対して深い造詣を持ち、たくさんの人に読まれても耐えうる文章を書くことが求められているのです。

即時性と永続性

次に第二の違いは、言葉がその場に残るか残らないか、という点です。

通訳だと話している言葉なので常に流れる水のごとく、その場にとどまることはありません。それに対して翻訳は、そもそも記録に残すためのものです。通訳と違い、訳された言葉は永続的に残ることが大前提となります。言葉としての完成度は、通訳より翻訳の方がおしなべて高いものが要求されている、と私は思っています。

文章は場合によっては時を超えて残るものです。文字が伝来して以降の日本歴史は聖徳太子の時代から脈々と受け継がれているわけですから、翻訳としての文章もそれだけの永続性がある、と言えます。

言葉への向き合い方の違い

最後に第三の違いとして、言葉に対する姿勢の違いが挙げられます。

ちょうど先日、天狼院書店で英語の児童書の読書会をやらせていただきました。『エルマーのぼうけん』という名作を翻訳と原文を比べながら楽しむ、という企画だったのですが、準備のため、英語の原著と自分が親しみ慣れた日本語の翻訳書を改めて見比べてみると、翻訳者の書いた訳文の素晴らしさが身にしみて分かりました。

一介の通訳者としては、まったく脱帽です。

このようにただ言葉を移し替えるだけでなく、いかに誰が読んでも納得のいくものに仕上げるか、というこだわりが翻訳の方が強いと思うのです。

通訳では、言葉ひとつひとつにこだわりきることはできない場合が多いけど、「木を見て森を見る」の逆、つまり「森を見て木は半分見る」ぐらいで勘弁してね、というのが通訳者の仕事の基本スタンスなのです。翻訳者は「木も森もしっかり見ます!」という感じでしょうか。

このように話し言葉と書き言葉の違い、即時性と永続性の差、そして言葉ひとつひとつへの向き合い方の違いから、通訳者と翻訳者は自分たちではやっている仕事が大違い、と思っているのです。

でもやはり、世の中では通訳と翻訳はごちゃ混ぜで理解されるしかないのかもしれませんね。でも、この文章を読まれた方だけでも、その違いを認識していただければ、それだけでも我々通訳者・翻訳者は間違いなく嬉しく思います。世の中に生息数はかなり少ない職業ですが、もし出会うことがあれば、区別してあげてくださいね。


いいなと思ったら応援しよう!