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【美術】坂本龍一は音楽を空間に実装した

お久しぶりです。研究が忙しくて更新できませんでした。

というわけで、江東区にある東京都現代美術館に行ってきました!
現在、2年前に逝去した坂本龍一の回顧展が開かれています。なんと、坂本龍一が携わった大型のインスタレーションを包括的に紹介する展覧会としては国内初となる最大規模の個展だそうです。恐らく巡回はないのでお早めに。

坂本龍一 音を視る 時を聴く
2024年12月21日-2025年3月30日
東京都現代美術館


アーティストとしての坂本龍一

私の世代だと、坂本龍一といっても『戦場のメリークリスマス』や大河ドラマ『八重の桜』のメインテーマを知っている程度ですが、実は音楽家だけではなくアーティストとしても活躍されていたようです。

坂本龍一は90年代からはマルチメディアを駆使したライブパフォーマンス、2000年代以降は他のアーティストとコラボレーションしながら、実験的な創作活動を展開してきました。つまり、現代アートを牽引してきた一人といっても過言ではない人物だったのです。

この展覧会で特に目立つのは、「音」を展示空間に立体的に設置する試みです。といってもイメージしにくいかもしれません。そもそも音楽というのは時間芸術であり、絵画や彫刻のように空間の広がりを持ちませんから。

しかし、具体的な話は後述するとして、坂本龍一は空間に音楽を実装できています

《TIME TIME》2024年

チケットを見せて展示スペースに入ります。薄暗い廊下を歩いていくと、暗室に大きなスクリーンが3つ並んで登場しました。

坂本龍一+高谷史郎《TIME TIME》2024

スクリーンには川の激流の映像が映し出され、岩を砕く勢いの轟きが部屋中に響き渡ります。それぞれのスクリーンの下には水面があり、鏡面となって映像を反転させています。

映像は時間を忘れてしまうほど、ひたすら川の流れが続いています。これから何か大きな変化があるのではないかと期待して棒立ちになる人や、体育座りになって待ち構えている人もいます。しかし、映像はなかなか川から切り替わりません。とはいえ、そこにいる誰もが川の映像と音に無心になっていました。

すると、映像が切り替わります。月光のような淡い光を背景に、を吹く女性が、左から右へ一歩ずつ、ゆっくり歩いていきます。間延びした雅楽の音色に、またもや時間を忘れて見入ってしまいます。これはまだ最初の展示作品なので、あまり一つの展示に時間はかけられないのですが。

映像がまた切り替わります。今度は朗読が始まり、スクリーンにはビルや自然の風景が映し出されるとともに、日英中の3か国語で字幕がつきます。

私が聴いた内容は『邯鄲』のあらすじです。男がある枕で眠り、目が覚めて、波瀾万丈の生涯を終えたところ、なんと元の枕で目が覚める。あの一生の全ては一瞬の夢だったが、男は悟りの何たるかを知ったという、中国の夢の物語です。

さて、川の流れ、月の下の雅楽、夢物語と映像が続きました。このインスタレーションは坂本龍一と高谷史郎の共同制作《TIME TIME》です。坂本が長年意識していた「時間とは何か」の問いを表現したものだと言います。

確かに、音と映像に没入させながら、自然の悠久の時の流れや、人間にとっての一生と一瞬の時間感覚を体験できるインスタレーションでした。映像はまだまだ続きますが、非常に長いので切り上げます。

《water state 1》

明るい部屋に出ました。部屋の中央には水を湛えた四角の台が設置されています。上から水滴がポタポタ落ちてきて、台の上の水面に波紋が生まれています。

坂本龍一+高谷史郎《water state 1》2013

波紋ができるのと同時に音が鳴る仕組みです。なんと、気象衛星の全球画像から地域の降水量データを抽出して、一年ごとに凝縮したデータを用いて天井から雨を降らせているそうです。

つまり、自然現象のランダムな雨が楽器になっている。私たちが日常で耳にする音楽は決まった長さの音符やリズムでつくられていますが、この楽器は規則なし楽譜なしで演奏されています。発想があまりにもアナーキーすぎるのではないでしょうか。いわゆる現代音楽です。

しかし、音は美しくて聴いていられる。波紋が広がるのも眺めていられる。視覚でも聴覚でも楽しめるインスタレーションです。

高谷史郎さんとの共同作品ですが、坂本龍一の音楽家と芸術家の両面が活かされた作品であるのは間違いありません。

《async–immersion tokyo》

この展示室の正面には大型のLEDウォールが貼り付けられています。映像は森や庭の風景。緑の目立つ景色が高画質なので、見ていて心が和らぎます。お抹茶が飲みたい気分です。

坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》2024

しばらくすると、自然の風景が端から縞模様に解体されていきます。複雑なものがシンプルなものに変換されていくのです。最終的には、LEDウォールに映るものが緑と白と黒の横線だけになりました。

別の風景が映ります。しかし、これまたストライプに飲み込まれていきました。

音楽は坂本龍一のものです。胸に迫るBGMとともに、風景が縞々に解体されていきます。幅が10メートルはあったでしょうか。巨大なLEDウォールでこれだけの変化が起きると壮大で圧倒されます。ずっと見ていられます。

《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》

この展示室では水槽の下を人々が散歩できます。意味がわからないかもしれませんが、部屋には9つの水槽が浮いていて、それぞれの水槽の内部ではが発生しているんです。

坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》2007

水槽は上から照明が当てられ、霧の詰まった水槽がプリズムやフィルターとなり、水槽を透過した光が床に映像をつくったり、霧自体にその光の色がついたりしています。

これはみんなインスタにアップしてしまいますね。気に入った水槽の下で女の子がキャッキャしながら写真を撮りあっていました。和む。

《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)》

廊下から中庭をのぞくと、煙が立ち込めていました。まるで事件です。

坂本龍一+真鍋大度《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)》2024

これは定期的に中庭が霧で包まれる展示です。自分が中庭に出る頃には、一寸先もわからないほど霧が濃い状態に。スマホでライトをつけながら、同行者の影らしきものを追うことになりました。

もはや視覚情報が頼りにならないので、声や方向感覚という原始的な手段に訴えることになります。

なるほど。制作者の意図はわかりませんが、これは一種のシミュレーションになります。スマホでわざわざ連絡するほどでもない近距離に相手がいて、その姿が見えないときに、どうコミュニケーションをとるべきか。

手は届くか。声をかけるか。その方向にいるのか。身近な相手ほどコミュニケーションを大事にしないといけないことに、嫌でも気付かされました。

なお、屋内に戻るとスマホには細かい水滴がついて、作品リストの紙もクタクタに。もしこれが夏場だったら、湿度100%の恐ろしい展示になったことでしょう。蒸れたおパンツがケツに貼りついてしまいます。

おわりに

まだまだ紹介したい作品もありましたが、あまりネタバレもよくないのでこのへんで。没入型・体験型の作品が多く、ほとんどが撮影OKなので、友達や恋人と行くと楽しいかもです。

本来、空間的な広がりを持たないはずの「音」が、展示空間に立体的に設置される実験的な試みは、確かに興味深いものでした。川の激流や雅楽の音色とともに時間を感じさせるスクリーン。気象データを元にした水滴が、天井から落ちて波紋をつくることで演奏される作品。BGMとともに風景がストライプに切り刻まれていく巨大なLEDウォール。空間に音楽を実装するというアイデアは、まだまだ応用がききそうです。坂本龍一没後も、これにインスパイアされたアーティストたちが追随することでしょう。

展覧会の後には、前から気になっていた錦糸町駅近くのルーマニア料理店が美味しかったです。同じ江東区なので距離的に近いと思ったのですが、空腹のまま徒歩で40分移動するはめになりました。いいダイエットです。

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