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生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ - 福岡伸一 2007年発刊

 人は何を持って生物と無生物を見分けているのか。海辺の砂浜で小さな貝殻を見つけた時、そこに生命の営みがあったであろうという直感を、足元に散らばる無数の小石の何と区別をもって得ているのか。生命とは何か。生物学者の著者がDNAの研究に関わる分子生物学の発展遷移の解説をしつつ、生命体の身体はパーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立つとする動的平衡論をもとに、生物と無生物を区別するもの / 生命の定義 を考察した本。

 高校進学以降数学や化学といった科目をできる限りスルーし一方的な決別を決め込んできた自分が、そのことを恥じ、あの頃にこういう本を読んでいたら科学者を目指しもっと学業に邁進することもやぶさかではなかったかもしれないという一抹の後悔さえ覚えるのに十分な内容だった。研究成果に基づいて冷静な目線で「生命とは何か」を考察することを目的としつつ、同時に情景喚起を誘うような文学的要素も強いことが本書の特色だと思う。トカゲの卵を家で孵化させようとした少年期の著者のその体験における失敗や心象描写が綴られたエピローグは物悲しくて美しく、短編の名文学作品として100年後に青空文庫に載っていてほしい。
 分子生物学分野の発展遷移は、実際の労働環境や、研究費にかかわる困難な局面、研究発表から成果になるまでの道のりなど、現場にいる研究者としてのリアルな言葉で解説される。また、科学史におけるエポックメイキング、DNAが遺伝子の物質的本体であるということを突き止めたエイブリーの発見について、直感やひらめきではなく実験台のそばで研究を続けた彼のリアリティに基づいたものであっただろうとする著者の考察も血肉をともなう言葉というか、説得力があるように映った。

 動的平衡は遠浅の海辺に作られた砂の城に例えて解説されている。静かに寄せては返す波の最中に佇む城は、はたから見れば形を変えずにそこにあるが、実際のところ目で追うことが困難なスピードで微細な砂の粒子が絶えず波とともに入れ替わり分解と再構成を繰り返している。この絶え間のない、平衡を保つための秩序破壊は生命体にも同じように発生しており、このことから生命は決して機械のようにパーツを組み合わせた存在ではなく、動的平衡にある流れである、という主張が掻い摘んだ内容のようだ。この動的平衡の話は、ノックアウトマウス(遺伝子操作により特定の遺伝子を欠損させたマウス)の実験結果への考察から、さらに新たな生命観の定義へとつながっていく。

 「生命とは何か」という行き着くところまで行けば恐らく禅問答のようになるであろうこの問題への回答が2022年の現在にどのように更新されているのか、俺は知らない。しかし、動的平衡という考えをもとに考察を続けた著者が書いたこの本からは、たしかに人間が書いたであろうダイナミクスを感じさせられるものがあり、この整合性こそが自分にとっては何よりの説得力であるように思われた。

#読書感想文 #ネタバレ #生物と無生物のあいだ

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