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味噌煮でよい夢を見るには

2022年12月末、雪がどっさり降った夜に、私たちは、アマゾンに棲むシュアール族の森での暮らしを追ったドキュメンタリー映画『カナルタ-螺旋状の夢-』を観ていた。その映像の最後のあたりに、芋のスープを作るシーンがある。アマゾンらしく、アッパッパの家の土場で焚き火をし、五徳のようなものに鍋をのせただけであろう、いかにも土着的な調理の風景に、何気なく放り込まれるオイルサーディンの缶詰を、郡上人なら見逃さなかっただろう。

それは、郡上で日々食べられてきた家庭食「味噌煮」の鍋に、ツナや鯖の缶詰を入れる地元人となんら変わりなかったからだ。雪が積もると身動きがとれなくなる山間部で暮らしてきた先祖にとって、物が豊かになってきた経済成長後に市場で普及した魚肉の缶詰は、実に得やすい動物性たんぱく質だった。しかも今流行りのノンオイルではなく、油漬けだったからこそ、冬の味噌煮には贅沢な味わいの脂質がマリアージュされたのだ。

一昨年、味噌煮の背景、その生まれてくるプロセスを取材したことで、そして、その一年前に仕込まれた地味噌と、初めて4斗樽に漬け込んだ「切り漬け」によって、我が家の冬の食事は劇的に変わってしまった。12月から3月までは、朝昼夜問わずほぼ味噌煮を食べているからだ。

冬の野菜を切って煮るだけの手間いらずの味噌煮は、寒い台所で長いご飯支度をしなくてよいという利点に加え、食べても食べても飽きがこないという旨味に満ちている。そして味噌煮は、具材をコンロ鍋の上で追加し続けられるという横着が可能で、且つご飯茶碗のみで食べるため、洗う食器がお茶碗と箸だけだという助かりものだ。(決してダダクサだと、ナマカワだと卑下しなくてよい、なぜならすこぶる美味いからだ!)

そして何より、冬の冷えたお腹を芯からあたためてくれ、煮詰まって不味くなるということが郡上の地味噌には起こらない。韓国でいうとチョングッチャンチゲ、中国でいうと麻婆豆腐、インドでいうとベンガルカレーのような旨味、、、。だが、この大陸風味すらしてくる味噌煮は、どうしてどうして肉なしでも見事に肉々しい。その秘密は、蒸した大豆に香煎(炒った麦粉)を種麹でかばしたうえに、なんと塩水につけて醗酵させた地味噌にあるといえる。そして、これは味噌と醤油と納豆がわかれていなかった8世紀以前の醤(ひしお・ジャン)そっくりの、ゆるゆるもろもろとした、豆のかたちが残った味噌なのだ。

さて、冒頭の映画『カナルタ』には「よい夢を」という意味が含まれる。シュアール族は、幻覚植物や睡夢を利用して、自らよい夢を見にゆき、それによって行動を決め、これまでやこれからの行く末の解釈を試みるのだという。彼らは何千年も作り続けてきた芋煮に、ぽっと出の缶詰を入れることでもなお、自らの味をつむぎ、夢を見ることに長けているに違いない。

郡上のトライヴたちが食べ続けてきた味噌煮を食べることは、時を超えて郡上人が見続けてきた奥深い夢を垣間見ることなのかもしれない。今こそ、味噌汁でも味噌鍋でもない郡上の味噌煮を一度食べてみてほしい。そして、そこにどんな具材を足そうとも、味噌煮であり続ける不思議や味変も楽しんでほしい。

◉レシピ動画「暮らしをつなぐ味噌煮」
https://youtu.be/tefJMZHW6t0

◉2021味噌煮取材記事

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