作家は未来を透視する。ファクトを分析し、想像力を駆使して『日米興亡の一戦』を書き、無謀な日米開戦を避けるよう10年前に提言していた。『黒船の世紀』より。

『海と空』の次に水野広徳は昭和7年に『日米興亡の一戦』を書いた。さ満州事変が日米戦争の引き金、と目前の出来事から説き起こされている。
 満州国建国に対しアメリカは、中国大陸が外国の武力によって分割されるのは、九カ国条約(ワシントン条約)に違反する、と抗議した。これが日米断交、そして宣戦布へとつながった。
 日本では戦時総動員令が発令され、戦時愛国公債の募集も行われる。指輪や時計などの貴金属類が供出させられた。燃料の節約と防空のため消灯令も出た。「ジャズに輝くネオンサイン、銀座のカフェも新宿のバーも、いまは街頭小暗き死の町となった」のである。
 いっぽうアメリカでも、西海岸、ハワイ、パナマ運河地帯に戒厳令が敷かれた。日本人の出入国が禁じられた。
 15歳以上60歳以下のハワイ在住の日系人はすべてアメリカ本国に送られ抑留された。大西洋艦隊はパナマ運河を回って太平洋艦隊と合流し、前進基地であるパールハーバー目指して移動を開始した。
 ここまでに注目しておきたい点は、日米双方に総力戦の思想がみられるところだろう。日本の総動員令、アメリカの日系人の強制収容--。ほぼ予想が的中している。
 パールハーバーの比重が増していることも意識されている。山本五十六のパールハーバー奇襲作戦が極秘裡に採用されるのはずっとのちのことになるが、『日米興亡の一戦』には、その原イメージがちりばめられていた。
 代表例は、航空母艦と爆撃機によるサンフランシスコ襲撃である。
 最初の作戦は、これまでどおりフィリピン、グァムの攻略から入っていくが、別に東遣支隊が組織された。
 サンフランシスコへ向かう東遣支隊の中心は、巡洋艦に守られた連合艦隊に4隻しかない航空母艦である。
 東遣支隊は、横須賀を出港するとマリアナ、マーシャル、カロリンの島伝いに太平洋を横断し、サンフランシスコに向かった。バイウォーターの「太平洋大戦争』では、アメリカ側が、これらの島々を伝って反攻してきたが、水野は逆をいったのである。
 サンフランシスコ空襲は成功した。数十機の爆撃機が夜が明けないうちに空母を発進し、サンフランシスコ上空に達した。サンフランシスコでは、よもや日本が攻めてくると思っていないから、無防備である。
 つぎは空爆の描写である。
「飛行機の唸り声、高射砲、機関銃のとどろき、爆弾の裂ける響き、家屋の崩れる音など、天地もくつがえるかと思わるる物凄さ。前日来の暴風雨に脅え疲れて、暁の夢まだ覚めやらなかったサンフランシスコの市民は、この突然の空襲に、恐怖戦慄、周章狼狽、悲鳴哀叫、真に阿鼻の地獄そのままの惨状を呈した。大建築物は破壊され、火災は各所に起こるも、消防にしたがう者なく、負傷者は血に塗れたまま路傍に唸っている」
 市街地の空襲は、アメリカ国民への精神的打撃をねらったものだが、目的はもうひとつあった。軍港に停泊中の敵艦隊を全滅させなければならない。ところが太平洋艦隊はハワイに集結しており、サンフランシスコに留まっていたのは修理中の巡洋艦一隻と特務艦数隻のみであった。したがって損害を与えることができた軍艦はこれだけだったが、海軍工廠(修理用ドック)は粉砕できた。
 爆撃機は、ただちに反転して空母に引き返そうとした。ところが米軍機がこれを追撃、爆撃機はこれによって半数が撃墜された。なおも米軍機は、残機を追い空母に迫った。空母に待機していた予備の戦闘機が発進し空中戦となった。米軍機も大損害をうけたが、日本側の飛行機は全滅した。さらに空母の飛行甲板も撃砕され、母艦としての能力を失った。
 東遣支隊は、サンフランシスコの空襲に成功したが、大損害を被った。さらにハワイに集結していたアメリカ太平洋艦隊の追撃が予想され、ほうほうのていで逃げ帰るほかなかった。

 物語はその後、どう展開するか--。
 フィリピン、グァムを占領し、サンフランシスコを襲撃したまではよかったが、やがて戦況は膠着状態に陥る。
 持久戦はアメリカの思う壺だった。国際連盟は日本製品のボイコットを決めた。日本は経済封鎖に喘いだ。
「国民の生活状態より見るも、衣食ともに日々窮迫を告げ、ことに農村の窮状にいたっては喰うに食なく、買うに金なく、小学児童の過半は欠食者で、着る服のないため休業する者も少なくない。……物々交換もすでに尽きて、空屋に餓死を待つという状態」
 戦局の転換をはかるには、もはや賭けに出るしかない。ハワイの大艦隊を攻撃すると決まった。連合艦隊はハワイ総攻撃のため東京湾から出動した。それを察知した米国艦隊は逆にパールハーバーを出港、日本艦隊をやりすごし一気に東京を攻撃する作戦に出た。
 結末は記されずに終わるが、代わりに「太平洋作戦の考察」という解説が付されている。「日米戦において(経済力で劣る)日本が勝つためには、持久戦を避け兵力戦の速決によるのほかはない」とあり、勝敗は明らかだろう。
 結末をぼかしたのは、やはり世論や当局の反発を考慮したためだった。(公開はここまで)



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