音楽と凡人#17 "本屋との出会い"
本との出会いは中学3年の頃であったが、本屋との出会いはバンドで自分の曲を作り始めた頃であった。
大阪で一人暮らしを始め、バイトが休みの日には梅田などをうろついた。そしてある日茶屋町、新御堂筋沿いにある大型書店を訪れた。地下1階から7階までが全て本で埋め尽くされていた。そのような大きな本屋にはかつて行ったことがなかった。井の中の蛙、大海を知るといった具合に私は本の海を泳ぐようにため息をつきながら棚の間をゆっくりと歩いた。
今でも世の中のことについては知らないことばかりであるが、この時はじめて自分が何も知らないということをはっきりと目に見える形で理解した。人文科学、社会科学、自然科学のどれにも引きつけられた。どの棚の本を手にとっても細かな分野について様々な人がその一生をかけて詳細に調べ上げていることにわくわくし、また焦りも感じた。私は自分が思うような表現をするために、世の中のことを全て知らねばならないと思った。そしてそれが可能だと感じられるくらいに私は世の中について何も知らず、自信過剰であった。
数学も民俗学も全てが自分に関係のあることのように感じられたし、その気分はそれ以降現在に至るまでむしろ強くなっている。当時は特に歴史と言葉を掘り下げなければならないという使命感に駆られ、本屋で古文書の読み方の本を読みながら、完全なる日本語の表現のためには過去の史料を自分で読み解いて学者と並ぶほどの知見を有さなければならないと本気で思っていた。
とにかく完全な美しいものを求めていた。漢籍への造詣が深い文豪などの力強い文体に憧れた。最近ではAIがこのようなことになり、どれだけ偏ったものを集められるかといういびつさが人間のセンスの発現であり存在意義であると思い始めている。
どちらを求めるにせよ、私にとって本屋は自分の無知を発見し、新たな世界への扉を開けてくれる場所である。