いのちびとメルマガ(86号)
うつ病になったからこその「いのちの使い道」
(いのちびと2019.9号より)
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Sさんは、大手化学会社に勤務してトップで課長に昇格した。
海外企業とのプロジェクトリーダーに抜擢されて、大きく飛躍するチャンスに全てをこなそうとした。
「自他ともに認めるエース。自分が会社を引っ張て行くんだと思っていました」
数か月後、心身に異変を感じた。
二十代でうつ病を経験していた。
「また来たか。うつ病の再発を自覚しました」
奥さんは二人目の子どもを身ごもっていた。
「このままでは仕事も家庭もダメになる、万事休すと腹をくくりました」
プロジェクトリーダーを降ろしてほしいと上司に申し入れた。
「四十三歳、人生の分かれ目。『本線レール』の先頭車から『ローカル線』で生きていく気持ちでした」
「僕も畑に来ていいですか?」
自宅マンションには畑クラブがあり、二人の男性年配者が週末に農作業をしていた。
「理由はわかりません。自然に、何かに導かれるようにです」
お天道様の下で、頬に「風」を、長靴の底には「大地」も感じた。
二人の子どもが、畑を裸足で走り回る無邪気な姿に幸せを感じた。
農業をやる!との思いがこみあげてきた。
しかし、脱サラ就農の現実は厳しく、都会人のありがちな夢物語だった。
ある日、重度自閉症の息子がいる会社の同僚から、「農業と福祉は相性がいい」と教えられた。
「農福連携」をはじめて知った。
障がい者が人手不足の農業で活躍し、社会参画を促す取組みとして国が推進している施策である。
「これだ!と直感。障がい者の親が、子どもを残して安心して死ぬことができる社会に近づけたい」
「障がい者が適正な労働対価を得て、納税者になれる機会をつくりたい」
会社に提案して、三年後、農業新会社を設立した。
「社会にとって意味のあるものは、神様が応援してくれるはず。そう自分に言い聞かせていました」
現在、五人の障がい者(自閉症やうつ病)と約二千坪の農地で約百品目の野菜を生産・出荷している。
「最初の仕事は事務所のゴミ出しで、何でもやっています」
「自分もうつ病体験者で辛さが分かります。安心感のある職場環境づくりを心がけています」
この取り組みは、国・自治体・メディア・経団連などからも高い評価を受けている。
爽やかな表情で教えてくれた。
「仕事の成果や損得、自我を優先して働き続けてうつ病になりました。今全てが活きています」
「子どもには『存在してくれているだけで生きている価値があるんだ』と思える育て方をしようと思っています」
「農福連携の仕事が大好きです。自分の『いのちの使いみち』を暮らしの中で追い求めていきたいです」
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