農薬万能主義の破綻。消費者にできることは
自然生態系にそなわる機能を活用できない農業では、病害虫防除に農薬は必要であるとしながらも、「病害虫と農薬のいたちごっこ」を余儀なくされています。
生態系のなかで農業をしている本来の農の在り方を改めて問い直し、地域に根差した農業とともにある生活スタイルを模索する必要があると思います。
なぜ農業害虫が現れたのか
当然のことですが、農業以前の時代には農業害虫は存在しませんでした。人類が農耕をはじめて以来、害虫との闘いを続けてきました。
江戸時代にはトビイロウンカを防除するために、田んぼに鯨油をまいたり、天敵類を使って防除したりする試みや、誘蛾灯のような物理的な方法も行われていました。
明治時代以降、化学合成された殺虫剤も使われるようになり、たとえば、石灰硫黄合剤を果樹のカイガラムシ防除や、ムギのさび病防除などに使われました。
明治の終わりごろには、除虫菊の利用が始まり、第一次世界大戦以後には、クロルピクリンや有機水銀剤が使われるようになりました。
農薬万能の時代
状況が一変したのは、第二次世界大戦以降です。
兵器用に開発された神経性毒ガスが戦後農薬に転用され、害虫防除に大々的に使われるようになったためです。
DDTやBHCなどの有機塩素系殺虫剤が廉価で大量に生産されました。有機塩素系殺虫剤は残効性が高く、その効果は目を見張るものがありました。
1950年ごろに農業試験場に勤務し、その効果を目の当たりにした害虫防除の研究者が、「これで私の仕事が無くなった」と真剣に考えたと言っておられました。
破綻した農薬万能時代
農薬の影響は害虫だけに止まりません。
健康を害する農家が増え、鳥や魚をはじめとする生態系のなかの動物たちの種類や生息数が、目に見えて減少するようになりました。
レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版し、農薬の生態系に対する危険性を訴えたのは1962年のことです。この本がアメリカ合衆国に与えた影響は極めて大きく、環境問題に対して公的な規制を求める声が高まりました。
日本でも農薬が人間の健康を害することは問題視されましたが、農薬が自然生態系への悪影響に対する認識は余りありませんでした。
1974年10月から75年6月にかけて、有吉佐和子(1931-84)による『複合汚染』が朝日新聞で連載(1975年、新潮社から出版)され、ようやく農薬の実態、人体や生態系への悪影響が一般市民にも認識されるようになりました。
連載記事を通して私自身も有機農業への強い関心を抱きました。
環境問題が取り沙汰されるいっぽうで、1960年代に入ると農薬万能主義の破綻を決定づける問題が生じました。
殺虫剤を散布することによって、逆に害虫が増えてしまう「誘導多発性(リサージェンス)」や繰り返し使うことで殺虫剤が効かなくなる「殺虫剤抵抗性」の問題が急速に起こって来ました。
農薬の使用からたった20年足らずで殺虫剤散布による害虫防除の限界が見えてきたのです。
これらの回避方法として、天敵など対象害虫以外の生物に対して毒性の低い選択性殺虫剤を使用したり、対象害虫以外の生物への影響を最小限にするよう殺虫剤の散布時期、使用濃度、施用法を工夫したり、同一系統の薬剤の連続使用を避けたり、などの対応が取られています。
しかし、農薬による害虫防除を続ける限り、抜本的な対策には成りえません。
農業の近代化を進めてきた農林水産省は
農作物を安定的に生産するためには、病害虫から農作物を守るための病害虫防除が必要不可欠としています。
そして「農作物を安定的に生産するためには、様々な防除手段の中から経済性を考慮しながら利用可能な手段を講じていくことが重要とし、農薬は防除の効果が高く、効率性の観点からも重要な防除手段の一つ」と位置付けています。
いっぽう、同省の「みどりの食料システム戦略」では、環境への負荷を低減し持続的生産体制を構築するために、化学農薬・肥料の利用の低減、有機農業の推進を謳っています。
これからどうすればよいのか。消費者にできることは
『複合汚染』の出版と同年に『小説 複合汚染への反証』(岩本ら 国際商業出版 1975)が出版されました。そのなかで、農業が自然生態系を破壊し成立している以上、人為的な栽培で発生させた病害虫を防除するためには人為的防除手段である農薬は必要であるとしています。
私も、単作化・画一化・大規模化された生産現場や、離れすぎた生産者と消費者の関係(距離)をそのまま維持しながら、農薬に頼らない栽培を続けることは難しいと思います。
科学技術が進歩し、自然生態系のしくみや機能に関する知見が蓄積された現在では、農薬に頼らない栽培は可能です。現に、多くの有機農家が農薬に頼らずに栽培されています。
ただし、季節に関係なくいつでもどこでも食物が手に入ることが当たり前になっている日本の食生活を見直す必要があると思います。
ある慣行農家は「消費者が求める農産物を商品として販売する以上、農薬、化学肥料は必要」と言っておられました。
主に自営農業に従事している基幹的農業従事者は、わずか136.3万人(農林業センサス 2020)。この記事の読者のほとんどは消費者だと思います。
まずは地域の生態系と食と農のつながりを大切にしている農家の営みを一品から応援し、自らの食と農の距離を縮めることから始めてはいかがでしょうか。