2夜 ユッフィーとエルルと
うちの子、中の人
氷の都ヴェネローンには、遺跡探索の拠点となる冒険者の宿が各所にある。その多くは、サウナ付き。地球の北欧をルーツとするアスガルティアの民が広めたらしい。
時折、観光目的の来訪者も宿に泊まる。危険な探索は厳しい審査に合格した者しか許されないが、冒険者の気分だけでも味わおうと。
「ユッフィーさぁ〜ん?」
紋章院に呼ばれた帰り。ユッフィーもまた、エルルに誘われて冒険者の宿でサウナを楽しんでいた。
完全にガールズトークのノリで、エルルがユッフィーに話を振る。見た目は仲良しの女子ふたり。髪を熱気から保護するサウナハットも、おそろいで。
「ユッフィーさぁんのユッフィーさぁんはぁ、ツン期ですかぁ?」
ユッフィーのアバターを使っている「私」が、個室サウナの天井を見上げて思案していると。その口が意志とは関係なく、勝手に動いた。
「エルル様。お父様の中の、わたくしに聞いてますの?」
演者が、役に引きずられた。オグマの心境は十分察せるけど、独自の意志を持ち始めたユッフィーは、私の考えを離れて弟子入りの誘いを突っぱねた。
彼女は、私とエルルが大切に育ててきた「うちの子」。元は、私の創作したキャラクターのひとりに過ぎなかった。ところがアバター人形で再現を試み私が演じて、エルルと一緒に過ごすうちに人格が芽生えた。
これが本当の「バーチャル美少女受肉」か?
それともAIの学習が進むように、人形に十分なデータが蓄積されたから?
きっかけは半年以上前、私とエルルの出会いにさかのぼる。
「ユッフィーさぁん?」
私が過去に想いを馳せようとした、そのとき。エルルが急に顔を近づけて、ユッフィーのほっぺを軽くつまんだ。そのまま、横にむにっと引っ張る。
「エルルひゃま?」
まさかの、回想シーンに意識を飛ばせない。しかもエルルが変顔をしてきて思わず笑いがこみ上げる。
「ぷっ、ふふふ、あはは」
彼女といると、いつもこうだ。おかげで、一緒にいると楽しい。
「あの子、可愛いなとは思ってましたの。ショタジジイでなければ」
「オグマ様もぉ、ユッフィーさぁんのことが好きなんですよぉ♪」
あれか。好きな子に意地悪したくなるっていう小学生の。熱気が立ち込める中で、私は脳裏に浮かんだユッフィーの思考を代弁する。
「パパさんの頭の中のユッフィーさぁんが、地球の勇者様になって活躍するにはぁ、まだ壁があるんですぅ」
「アバター人形は街の外に持ち出せない、ですわね」
氷の都ヴェネローンでは、眠っている人々の精神を楽しいお祭りに誘って、荒廃した星の復興に役立つ「夢のチカラ」を集めている。精神だけの異世界召喚みたいなもので、夜が明けたら帰される。そこは良心的だった。
「それを何とかしてくれるのが、オグマ様の発明ですぅ!」
精神だけの来訪者には、アバター人形が貸し出される。人形にはあちこちの世界から集めた多種多様な種族のデータが入っていて、まるでRPGのキャラメイクみたいに、なりたい姿になれる。年齢も性別も、自由自在。
食事もできれば、風呂にも入れる。試す勇気はないが、本体と違う性別でのセックスまで楽しめるらしい。単なる娯楽の枠を越えた高機能は危険なので悪用防止のリミッターがあるほどだ。
真偽は不明だが、ギリシャ神話の神々がこれで変身を楽しんでいたと聞く。遺跡で放棄され、冒険者が回収してきたものを整備して再稼働させたオグマの腕前はまさに、ドヴェルグの匠の技。
「ベナンダンティ計画のためにも、オグマ様とは良い関係を…」
「頭では、分かっておりますの」
魂を共有するユッフィーに気を使いながら、私が言葉を選んでいると。娘がまた口を動かした。はたから見たら、ひとり芝居。
「じゃあ、日焼けしていきますぅ?」
エルルの提案に、うなずく私。日焼けサロンではなく、アバターの調整に。
そろそろ、頃合いか。私とエルルはサウナを出て、冷水を浴びる。熱した身体が冷まされる感覚は、まるでドワーフの鍛冶仕事。
記憶の中へ
古代ローマ風のパンテオンの中を歩く、ユッフィーとエルル。ヴェネローンは都市丸ごとテーマパークに徹していて、様々な世界の建築様式が混在している。和風だったり、ガウディ様式だったり。
二人とも、古代ローマ風のゆったりした衣装に着替えていた。不慣れな着付けは、エルルが慣れた手付きで手伝ってくれた。
「ユッフィーさぁんに納得してもらえるようにぃ、オグマ様の記憶を見せてもらいましょお!」
「そんな簡単に、他人の記憶をのぞけますの?」
この神殿はハリボテか、それとも本物同様のローマ式コンクリートかと興味を抱いた矢先に、エルルからプライバシーもへったくれもない提案が。
「アバター人形を使ってる時点でぇ、魂の記憶はフリズスキャルヴにアップロードされますからねぇ」
ユートピアは、見方を変えるとディストピア。地球で問題になってるビッグテックのデータ搾取を先取りしてるのかと、私が難しい顔をしていると。
「だいじょぶ!アウロラ様が記憶の管理者をしていて、正当な理由なしには勝手に見られませんからぁ」
あの女神様か。不意に浮かんだのは、エルルとの出会い。
「祭の間、女神アウロラの名において。ふたりは恋人なのです」
今度は邪魔されなかった。私の記憶にある彼女は、悪意は無いが強引だ。
「エルルとユッフィー。紋章院にスカウトされたそうですね」
神殿の奥で、アウロラは待っていた。声をかけられた二人がカーテシーで、敬意を示す。
「その件で、オグマ様の記憶を追体験したく参りました」
私の中のユッフィーに、弟子入りを納得してもらう方法は他にないだろう。用件を告げると、エルルが急にニコニコしながらハグしてくる。
「ユッフィーさぁんとはぁ、ずっとラブラブですよぉ!」
「あなたたちの顔を見れて、ほっとしました」
縁結びの女神。確かにそうなんだけど。
「勇者の落日以来、評議会で反地球派が勢いを増していますが」
はじめは、憂いの表情。けれど仲睦まじいエルルとユッフィーを見て、アウロラの表情も緩んだ。
「今のあなたたちは、ヴェネローンに必要な存在」
アウロラが、ユッフィーとエルルの目を見てハッキリと告げる。
「アバター人形で独自のキャラクターを演じ、空想の人格を現実化させる…お二人の深い思い入れと、愛情が成した奇跡でしょう」
まるで、作者と編集者みたいに。私とエルルは、ユッフィーの人格を大切に育ててきた。今もこうして、彼女を良い方向へ導こうとしている。
「紋章院の保護下に入れば、最大派閥のエンブラ派でもうかつに手出しできないはずです」
一見して理想郷のヴェネローンにも、地球人に好意的でない者はいる。創作災害で数多の異世界に迷惑をかけ、しかも無自覚な地球人の所業を思えば、仕方ないことだ。元は地球人のエルルたちも肩身が狭いのだろう。
「オグマから、話は聞いています。手配は済んでいますので、さっそく記憶の世界へ飛びましょう」
「やはり、先回りされてましたのね」
神殿の隅には。意匠はファンタジックながら、マッサージチェアを思わせるゆったりした椅子がふたつ。それに座るよう、アウロラが促してくる。
「フリズスキャルヴは、もともと玉座型の神器。これは機能の限られた端末ですが、快適な時間旅行をお約束しましょう」
椅子に腰掛けるエルル。ユッフィーは背丈が足りず、よじのぼって座った。
「では、記憶を再生します」
戦乙女と頑固者
アウロラの声と共に、視界が切り替わる。場所は同じ、アウロラ神殿だが。柱の陰から、私とエルルの後ろ姿をのぞき見るこの視点は…長老オグマか?
(今年のルペルカリア祭、誰がエルルのパートナーになるか見守らねばな)
この心の声も、オグマで間違いない。
「くじ引きで、あなたのパートナーはエルルに決まりました。祭の間、女神アウロラの名において。ふたりは恋人なのです」
「えっ!?」
ルペルカリア祭は地球由来の祭りで、現代では廃れているが。バレンタインデーに形を変えて残っている。このときは、本当に面食らった。
「ちなみにぃ、わたしぃの方が何百歳か年上ですよぉ♪」
「もしや、エルフとか?」
言われてみれば、エルルの耳は少し尖っているような。日本で有名なエルフほど大きくはないけど。
「ぶっぶ〜!」
そう言うなり、エルルが背中に光の翼を発現させる。鳥でも天使でもなく、蝶の羽みたいで、実体のない淡い光がフワッと広がった。蛍の如く光の粒子を散らす姿は幻想的だ。
「なんとぉ!エルルちゃんは光翼族、地球ではヴァルキリーって呼ばれることもありましたねぇ」
いや、ますますおったまげた。戦乙女だったのか。私とはますます縁遠い。
「私は、恋愛と結婚に心を閉ざした臆病者。ドラジャニは好きですけど」
「マージャンですかぁ?ポンポンポ〜ン???」
いや、ドラジャニ。ドラグーン・ジャーニーっていう、日本人ならだいたい知ってる国民的RPGのこと。ノリがいいなあ、この子。
とにかく、エルルは。凛々しいとか儚げとか、地球人の創作物が作り上げたヴァルキリーのパブリックイメージに該当しない、明るく楽しい子。
「エルルちゃんはぁ、なんと言っても宴会担当ですからねぇ♪」
あれ、思ったことが口に出てたか。そうさせるだけの何かを持った子なのは確かだけど。
「だからエルルちゃんにはぁ、名案がありますぅ。アバター人形の変身機能でぇ、あなたも可愛くなっちゃいましょお!!」
あれよあれよという間に、ヴェネローン市内の冒険者用コスプレショップへ連れてこられた私。女装とか趣味じゃないし、経験も無いんですけど!?
「変身で別人になっちゃうからぁ、恥ずかしくなぁい!」
さあ、あなたの理想の姿を思い描いて。そう促され、試着室へ押し込まれた私は好奇心から、自分の考えたうちの子「ユッフィー」への変身を試す。
「これが…わたくし…」
鏡を見つめながら呆然とする私。思わず、口調までユッフィーになりきる。
「きゃ〜、カワイイ!あなたのお名前はぁ?」
まさに別人の代わりように、エルルがテンションを上げてハグしてくる。
ドキン。そのとき、胸が高鳴る感覚までが私とエルルの中で追体験される。これも、オグマのものか。
「わたくしは、ユッフィーですの。ユーフォリア・ヴェルヌ・ヨルムンド」
また、物陰からのぞき見るオグマの視点に。まあ、一目惚れも仕方なしか?
(うむ。ユッフィーこそ、まさしくわしの女神フレイア)
中の人はともかく、アバターはオグマの好みにピッタリなようで。
(ならば、わしのブリーシンガメンをこしらえ、彼女に捧げるまでよ)
いや、待て。その神器は不穏だ。私は北欧神話のそれのエピソードを知っている。いきなり乙女の(中身はおっさん)ピンチなのか?