「日本酒女子」の本で日本酒を知る

Suits-woman.jp 2021年4月20日配信「日本酒好きが選んだ、最も好きな日本酒ランキング」という記事を読んだ。
これは、ボイスノートが全国の男女945名を対象にアンケートを行い作成した「日本酒銘柄人気ランキング」で、トップテンの1位は「獺祭」とのこと。
興味深いのは以降の銘柄で、「菊正宗」「月桂冠」「松竹梅」「日本盛」がランクインし、10位が「まる」だという。

日本酒好きの酒呑みである私からすると意外な結果であるが、考えてみれば、わざわざ日本酒専門の酒販店に足を運び有難がってお酒を買う方が文字どおり「酔狂」なのであって、普通の人は近所のスーパーなどに並んだお酒を気軽に購入するのだ。
だから上記ランキングは、「市井の人々」の正直な好みが反映されているのだろう。

別にランクインしているお酒やそれが好きな人たちを馬鹿にしているわけではない。お酒は、個人個人、美味しいと思うものを自由に(「好きなだけ」とは言いづらいが)飲めば良いのである。
むしろ「純粋にお酒を楽しむ」という点では、余計な知識や薀蓄に縛られた私のような「日本酒愛好家」を名乗る人たちより、「市井の人々」の方が、よっぽど健全だとも言える。


とはいえ、人の好みはそれぞれで、日本酒の美味しさ(と酒造り)の奥深さに嵌ってしまう珍妙な人たちもいる。
特に最近(でもないだろうが)、日本酒好きの女性が増えているという。

いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス、2020年。以下『いつも』と表記)というタイトルからして日本酒好きが伝わってくる本の著者である山内聖子さんもそのひとりである。

あれは、約17年前。
時給がいいという理由だけで働きはじめた居酒屋で、日本酒をたったひとくち飲んだことが、すべてのはじまりでした。
「たったひとくち」がきっかけだなんて、ドラマティックな場面を想像するかもしれませんが、最初に飲んたのは、お店で扱っていた一升瓶の底に沈んでいた残りもの。(略)
でも、そのときに飲んだ、日本酒のおいしさはしびれるほど衝撃的で、あっという間に日本酒の虜になった私は、よくわからないままに、毎日、毎日、日本酒のことばかり考えるようになってしまったのです。

『いつも』


カンパイ!日本酒に恋した女たち』(小西未来監督、2019年)という映画がある。

この映画は、日本酒に魅せられて人生が変わってしまった3人の女性にスポットを当てたドキュメンタリーなのだが、その3人のうちの一人が、東京・恵比寿にある日本酒スタンド「GEM by moto」の店長である千葉麻里絵さんである。

彼女をモデルにしたコミックエッセイ『日本酒に恋して』(作・千葉麻里絵/絵・目白花子、主婦と生活社、2018年。以下『恋して』と表記)によると、彼女はSEを経て飲食業界に入るが、当時は日本酒の味もわからなかったそうだ。
そこで、彼女は様々な蔵元さんを訪ねて日本酒についての造詣を深め、今では名だたる蔵元さんからの信用も厚い女性になった(と書いている私は、実は「GEM by moto」を訪れたことはない。場所は知っているが……)。

(略)日常のつまらなさに矛盾を感じていたときに、日本酒に出会ってしまったのです。(略)
なんの取り柄もなかった私が、日本酒が好きになって、行動して、真剣になって、人に会って、生きることが楽しくなったこと、少しの勇気を持てたこと、ちょっと無敵になれたこと(略)

『恋して』

こうして日本酒の虜になっていく女性もいるが、まだまだ日本酒を敬遠する女性も多いだろう。
理由は様々あると思う。
ということで、その理由を考えつつ、上に挙げた2人の「日本酒女子」の著書をもとに、日本酒について教えていただこうと思う。


まだまだ残ってる?「男尊女卑」のイメージ

つい最近まで、酒造りの場は「女人禁制」だった。

女性が日本酒づくりをしてはいけない理由とは、月経がお酒をダメにするとか、化粧が微生物によくないとか、男性を惑わせたり気が散るなどという、科学的に証明されていない、ふわっとした確証のないものばかりです。
お酒づくりの期間中(約半年間)は、蔵から出られず、朝から晩までほとんど娯楽がない、働きづめの生活を強いられるため、異性がいては悶々とした気持ちになって仕事に集中できない、というのが女性を遠ざけた本音だったのではないでしょうか。

『いつも』

今では日本酒造りに男女の別はなくなろうとしていて、たとえば先の映画に登場する今田美穂さんは、広島の銘酒「富久長」を醸す今田酒造の蔵元であり杜氏である。

「日本酒を造る場」に男女の別はなくなろうとしているかもしれないが、「日本酒を飲む場」では、未だに何故かオヤジが偉そうに威張っていたり、若い人でもカップルの男性が女性に対して得意満面な表情で薀蓄を披露していたりで、そういった行為が、女性が日本酒を敬遠する一因になっているのは否めないなぁと実感するのである。

こういう威張っている「日本酒愛好家」を自称するオヤジや若い男性は、どこで覚えたのかヘン(というかヘンクツ)なコダワリを持っている(若い男性は聞きかじりの知識を一生懸命披露しているだけかもしれないが……)。
そのためか、何故かいつも「上から目線」で、他人が楽しく飲んでいる場や好みで飲んでいるお酒について、蘊蓄を披露したり、「指導」したりと迷惑千万な行為に及ぶ(私自身も、イヤというほど体験した。私自身はというと、そんな行為はしていない……はず……と思いたい……)。


まだまだ残ってる?「ツウは辛口」の迷信

だいたいそういうオヤジは、未だに馬鹿の一つ覚えのように「辛口の酒」と言い出すのである。
いや、辛口の酒が好きなら全然構わないのだが、銘柄を指定することもなく開口一番「辛口の酒ある?」とか、中には「何でもいいから辛口の酒」と注文する失礼な人までいる。
で、そういう人たちは、出された酒を一口飲んで「やっぱり酒は辛口だよな」とかしたり顔で宣うのである。

確かに、日本酒好きを自称する人(及びツウを気どりたい初心者)たちは「辛口の酒」を注文することが多い(私個人の実感)が、では日本酒における「辛口」とはどういう味なのか?

「辛口」って よく耳にしますが この言葉は業界用語です
カレーや担々麵みたいな香辛料の辛さとは違います
(略)
そもそも辛味は 味覚というより痛覚です
私達の味覚からいくとお酒は 米から作るので糖分の甘み
アルコールが入っているので刺激(辛さ)を感じます

『恋して』

以前「淡麗辛口」と呼ばれるお酒が流行った時期があり
広告や新聞雑誌等で広く使われたので誤解を生みました

「日本酒度」
糖は水より重く アルコールは水より軽い
その比重のバランスを計ります
単純にグルコース(糖分)の問題で+(プラス)が辛口 -(マイナス)が甘口
九割以上が +のお酒です
ただこれはあくまで指標で 食べた時の甘い辛いとは関係ありません

『恋して』

つまりは「こういう味を『辛口』」という指標はない、ということだ(という説明をして「辛口」の講釈を垂れるオヤジたちを黙らせてみたいが、そうすると今度は私が「薀蓄オヤジ」になってしまう…)。

静岡「白隠正宗」の蔵元・杜氏である高嶋一孝氏はこう説明する。

僕たちの業界が悪いのですが、日本酒度が広まったせいで、辛口の定義がねじ曲げられてしまった感があります。辛口とは、単純に糖がすくなくて甘くない酒のことを言うのです

『いつも』


まだまだ残ってる?「面倒なこだわり/ルール」

先の「辛口」以外にも、やれ「純米」だの「アル添」だの「大吟醸」だの、「冷酒」だの「お燗」だの「ぬる燗」「人肌燗」だの「吟醸酒は燗にしてはいけない」だの、「山田錦」だの「雄町」だの、「新政酵母」だの「静岡酵母」だの、「山廃」だの、やれ「獺祭」だの「十四代」だの…
最終的には「おいしい」だの「まずい」だの、こだわりだすと、キリがないのだが、そういう所謂「蘊蓄」や「ルール」の類が日本酒へのハードルを一層高くしている気がする(これも私の個人的実感)。

日本酒を飲むのに、こうじゃなきゃいけない、などという、ルールはなにもないのです。
(略)知識があってもなくても、日本酒はたのしめるお酒です。

『いつも』

日本酒のおいしい味をひとことで表現するのは、とてもむずかしい(略)
まず、単純に、"飲みもの"としておいしいことを、第一にあげたいです(略)
シンプルに飲みものとして優れている味が、おいしい日本酒なのだと思います(略)
日本酒をおいしいかどうか判断するのに、むずかしいことなどなにもないのです。
どれだけ日本酒を飲んだことがあるのか、あるいは知識を持っているのか、というような経験値がないと、おいしさがわからないみたいなことを言う人もいますが、ふだん飲むときに、そんなことはまったく必要ありません

『いつも』


ちなみに、『恋して』の巻末には千葉さんとタレントのいとうあさこさんの対談が掲載されているのだが、ここでいとうさんは日本酒を「(水やソーダで割らず、氷だけを入れる)ロック」で飲むのが好きだが、日本酒ファンから非難もあると話している。

千葉:実際、蔵に行くと蔵人さんもロックで飲んでたり、ソーダ割とかするし。お燗で飲むときには加水って言ってバリバリに水を入れることもあるから。
いとう:私もロケで蔵元さんによく行くんで分かります。提案はするけどお好みでって、言ってましたよ。その自由さって居心地の良さに通じるから。
(略)
いとう:だいたいそういうのって知らない人が言うんですよ。美味しけりゃいいじゃんって思いますよ。食でも何でもルールがあるみたいに言うじゃないですか、分かるんですけどそれはあなたのベスト。ただ私は違うんですって言いたい。
千葉:日本酒の業界ってそういうのが結構あって、それも日本酒が広まらなかった原因じゃないかと実際、自分は思ってます。

『恋して』


詰まるところ、彼女たちの主張はこうだ。

結局のところ、すきなものを飲めばいい、というのが私の本音です(略)
日本酒の世界に足を踏み入れたばかりの頃、私がまずおどろいたのが、派閥みたいなものがあったことです(略)
個々に主張したいことは理解できますし、大切にしたい思いは、人によってちがうことは当然のことです。でも、日本酒を飲んでたのしくならない、心地よく酔えないことは私にとって、日本酒を飲むのをやめたほうがいいと悲しくなるくらい、致命的です(略)
しつこいようですが、余計に飲み手のみなさんは、"すきなものを飲めばいい"のです。有名無名もスペックも関係ない。

『いつも』


2021年のGW。
飲食店での飲酒ができないところも多く、家飲みの機会が増えるだろう。
冒頭のランキングにあるような「いつものお酒」もいいが、折角だから近所の酒屋さんで、普段見かけないようなお酒を選んでみれば、家飲みも楽しくなるのではないだろうか。


「日本酒女子」入門書 2冊

本稿で引用した2冊をあらためて……
「無事外飲み解禁になったら、お店に出向いて紹介されたお酒を飲む」というのを楽しみにしながら読むのも良いかもしれない。

日本酒に恋して』(作・千葉麻里絵/絵・目白花子、主婦と生活社)
千葉さんと彼女に一目置く蔵元さんとの出会いや交流を軸に、蔵元さんや彼らが醸すお酒を紹介している。コミックエッセイで読みやすく、「日本酒女子」入門のとっかかりとして最適な一冊。

いつも、日本酒のことばかり。』(山内聖子著、イースト・プレス)
日本酒の歴史や醸造方法、飲み方など、お酒に関する一般的知識がわかりやすく説明されており、入門書として最適な一冊。

実は、山形県「山形正宗」(水戸部酒造)の蔵元・水戸部朝信氏と、栃木「仙禽せんきん」の蔵元・薄井一樹氏は、両方の本に登場している。
だから、両方を読むと、とても親しみが湧いてくるのである。


映画についても

映画『カンパイ!日本酒に恋した女たち』(小西未来監督、2019年)は、男性を中心とした前作『カンパイ!世界が恋する日本酒』(同監督、2015年)の続編にあたる。両映画とも動画配信サービスでも視聴できるらしいので、興味のある方は、こちら


どさくさまぎれに拙稿も

何度か日本酒について書いたことがある。
手前味噌で恐縮だが、どさくさまぎれに載せておく。


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