"普通"に生きたいだけなのに~映画『港に灯がともる』(TIFF2024 Nippon Cinema Now)~

映画『港に灯がともる』(安達もじり監督、2025年。以下、本作)が公開される2025年1月17日は、阪神・淡路大震災からちょうど30年の日にあたる。

阪神・淡路大震災の年に、在日コリアン3世として生を受けた灯。在日の自覚は薄く、被災の記憶もない。震災、家族、国籍…私は一体どうしたいのだろう。主人公・灯を演じるのは、今作が初の映画主演作となる富田望生。監督はNHKで「カムカムエヴリバディ」(21)など数々のドラマを演出した安達もじり。神戸で暮らす人々への膨大な取材を基にオリジナルで紡いだ、アフター震災ストーリー。

TIFF公式サイトより

灯(富田望生みう)が成人式-つまり震災から20年-に出席するところから始まる物語は、だから、そこから彼女が生きてきた10年を辿ることになる。

脚本を担当した川島天見あまみは、上映後のティーチインで『"わかり合えなさ"を描いた』と語った。
その"わかり合えなさ"は、「"普通"に生きたいだけなのに、それすらできない」という灯の"しんどさ"につながる。

震災の記憶はほとんどなく、在日コリアンとして(選挙権がないなど)の差別は感じながらも、物心ついたときには21世紀だった灯。
震災の時の苦労を知らないのも、おばあちゃん(在日コリアン1世)の苦労を知らないのも当然なのに、それがさも悪い事のように責められる。
彼女は、ただ「"普通"の20歳の"神戸っ子"」でいたいだけなのに、"普通"でいることを責められ続ける。
やがて心の病に侵されてしまう。

観ていて本当に辛い。
それは、傷ついた灯の痛々しい姿というのはもちろんだが、"普通"というものを見失っているのは、彼女だけでなく、私もだからだ。
スクリーンで隔てられている彼女と私は何も変わらない。私が彼女のようになっていないのは単に"たまたま"なだけで理由などなく、いつ、そうなってもおかしくない。

豪勢な暮らしがしたいとか、有名になりたいとか、そんなことは望んでいない。
灯も私も、ただただ"普通"に暮らしたいだけなのに、その"普通"を他人から否定され責められ、"普通"を見失っている。

"普通"って何だろう?
"普通"とは「何も起きない」こととは違う。
人は『生きていれば色んなことがある』、それが"普通"ではないか。
船だって、長い航海中に色んなことがある。穏やかな波の日もあれば、大シケの日もある。霧が深くて前が見えなくなるときもある。雨が長く続くのも嫌だが、かといって、晴れの日が長く続くのも困りものだ。
そうやって航海していれば、事故が起きなくても、船は自然と傷つく。

文字通り荒波にもまれた船は、波が穏やかな港に立ち寄り、暫し休む。
傷ついていれば、ドックに入って修理する。
『生きていれば色んなことがある』のが"普通"で、灯や私に足りないのは、たぶん"港"だ。
穏やかなところで休息をとりながら、航海中の出来事を懐かしく思い出し、傷ついた箇所を確認しながら、傷ついた時の思い出を語る。

最終盤、灯は傷ついていた時に綴っていたノートを読み返す。
そして、1ページに書かれたたった一言に目を留める。

私は私として生まれてきてしまった

そう、私として生まれてきてしまった私は、これからも私として生きていく。きっと、それが「"普通"に生きる」ということなのだろう。

本作は、海図を失ったが故にボロボロに傷ついて航海せざるを得なくなった灯が、ようやく見つけた港で航海中の傷を癒し、再び出港する物語だ。

予告編の冒頭の灯はスクリーンに向かって左側を向いている。
イメージとしての”時間"は左から右に流れるため、この時点で、彼女は未来に背を向けている。
最終盤、スクリーン左側に映っている彼女は、父親に電話をしながら、余白がある右側を見つめている。つまり、この時点での彼女は、余白がある未来を見つめている、ということになる。

正面を向いていた灯が、観客に背を向け、歩き出すラストシーンで、思わず泣きそうになった。
港で傷を癒した彼女は、新たな航海に旅立ってゆく。
小さくなっていく背中を見送りながら私は、大海原では様々なことが起こるだろうけれども、とにかく無事でいることを祈った。
そして、これからの航海を楽しんでほしいと、心から願った。


メモ

映画『港に灯がともる』(TIFF2024 Nippon Cinema Now出品作品)
2024年11月2日。@TOHOシネマズ日比谷(ティーチインあり)

富田望生さんは意外にも映画初主演なのだそうだが、これまでのキャリアが物語るとおり、圧巻の演技だった。
「圧巻」と書いたが、それは普段我々がイメージしているものとは違う。
確かにパニックになってしまうところとか、鬱状態の時とかの演技も素晴らしい。
でも、本作における彼女の「圧巻の演技」は、ティーチインに登壇した安達監督が『撮影時には気づかなかったが、編集時に気づいた。"息の映画"だ、と』と語ったとおり、「息遣い」だ。
シーンとしても圧巻なのは、中盤に2分以上に亘って映され続けるトイレのドアだ。固定カメラで撮られたそれは、ほとんど静止画だ。
何の変化もないドアから目が離せないのは、その向こうに灯がいるからだ。
最終盤、父親との電話の前後も同様だ。
「息遣い」だけで灯の状況と気持ちの変化を表現する演技力はもちろんだが、それだけで2分以上の長尺を成立させてしまう存在感。
まさに「圧巻の演技」と評する他ない。

本作、灯の姉役で伊藤万理華さんが出演されているが、安達監督は彼女が主演したNHKドラマ『パーセント』(2024年)で「制作統括」としてクレジットされている(ドラマには山中崇さんも出演している)。

富田さんと伊藤さんは、2022年9月23日に放送されたテレビ東京系スペシャルドラマ『旅するサンドイッチ』で、1台のワゴン車で日本を渡り歩く「旅するサンドイッチ屋」の2人として共演している。


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