生きることと働くこと。失敗してもやり直せる~映画『チョコレートな人々』~

「失敗しても、温めればまた作り直せる」

映画『チョコレートな人々』(鈴木祐司監督、2022年。以下、本作)で繰り返されるナレーションだ。
タイトルからもわかるとおり、冒頭の言葉はチョコレートに対するものだ。失敗しても温めて溶かせば、また作り直せるし、だから無駄が出ない。
しかし、それは、チョコレートに限らず、人生にも言えることではないか、本作を観ながらそう思った。

本作は、愛知県豊橋市に本店を構える「久遠くおんチョコレート」の経営者・夏目浩次さんを追ったドキュメンタリー。
久遠チョコレートは、2014年開業、現在は北海道から鹿児島まで全国に51の拠点があり、年商16億円までに成長した(2021年度)という。
本作が伝えるのは、夏目さんの成功物語ではなく、彼の経営ポリシーとそれを達成することの難しさだ。加えて、その難しさの一因が市井の我々の無知と偏見にあるのだということも。

夏目さんの経営ポリシー。
それは、「身体や心に障害がある人が普通に暮らしていける収入を得られる社会をつくる」。

またか……
この手の話は数多あまたあって、大抵は、現実を知らない理想主義者の空論に終わるか、(最初はもちろん本気だったとは思うが結局は)話題づくりの一環程度で挫折してしまう。
期待外れと言えばそうなのかもしれないが、しかし、自分がやってみることを考えれば、それらが挫折してしまうのも当然だと得心してしまうのも確かだ。

だが、夏目さんは違った。
「久遠チョコレート」は、従業員約570人のうち、約6割が身体や心に障がいがある(さらに言えば、介護やシングルペアレントやLGBTQ+の方なども加わり、570人のうち9割が女性と障がい者)であり、さらに驚くのは、チョコレートなどを製造する豊橋工場においては、愛知県の最低賃金である時給955円超えを達成、という実績を作り上げた。

ここに至るまで、順風満帆だったわけではない。それはどんな経営者も同じだ。
だが夏目さんは多くの問題や失敗から得たものを、チョコレートのように「温め溶かして」作り直してきた。そこが、数多いる経営者と違う。

失敗を「温め溶かして」得た一つが、パン屋からチョコレート屋への転換だった。
2003年に3人の障がい者を含めた6人で始めたパン屋は、手間がかかる割に利益が薄く、おまけに売れ残ったパンは廃棄しなければならずロスが大きかった。加えて、高温が必要なパンの製造は、慣れている人でもやけどなどが起こりやすい危険な作業で、障がい者であればそのリスクは何倍にもなる。

そういった問題・失敗を「温め溶かして」、夏目さんが思いついたのが「チョコレート」だった。
何故「チョコレート」なのか。
もちろん「温め溶かせば作り直せる」ロスレスという利点がある。
加えて、夏目さんにチョコレート作りを教えたトップショコラティエの野口和男氏によると、「一部の特殊なものを除き、チョコレートを作るときの温度は50℃以上にならず、やけどのリスクが少ない」(上映後のアフタートークでの発言)。
さらに野口氏いわく、実はチョコレートは作業工程を細かくできるため、「知的障がい者を含む障がい者に向いている」らしく、『トップショコラティエなら、いろんなことが一人でできないといけない。でも、よくばらないで一人がひとつ、プロになればいい』(本作パンフレットより)

こだわりと集中力が肝心な、カカオを溶かして練るテンパリング。フルーツのカットやラッピングをするには、手先が器用であること。スタッフそれぞれの特徴を活かすアイデアだった。

本作パンフレットより

そして、上述のとおり、現在は全国51拠点合わせて年商16億円にまで成長した。
看板商品の「QUONテリーヌ」は、なんと150種類以上。
上映後のアフタートークに登壇したチョコレートジャーナリストの市川歩美氏いわく、「地域の特産品などを使っていて拠点ごとに商品が違う」のだそう。

しかし夏目さんは、これで満足しない。
新たな課題は、「重度の障がいのある人たち」の雇用。
『久遠チョコレートは軽度障がいの人たちでやってる、そう福祉の側からよく言われるので』

夏目さんは課題を「温め溶かした」末、2021年にチョコレートに混ぜるお茶やフルーツを加工する「パウダーラボ」を新設し、重度障がい者を含む19人を採用した。
それは理想だけの無謀な雇用創出ではない。年間2000万円ほどの外注支出を、雇用に振り替えたのである。
パウダーラボの最初の給料日。1日5時間の勤務で、月給は5万円。
一人ひとりに給料袋を手渡したあと、夏目さんはこうスピーチした。
『時給450円、僕はまったく満足していません。ただ、無理はしません、無理をさせることもしません。みんなの時間軸で一歩一歩、みんなでもがいていけたら』

『無理はしません、無理をさせることもしません』
その一つの例が、「チック症」の男性への対応である。
自分でもコントロールできず、不意に地団駄を踏んだり大声を出したりする。
建物の2階にあったラボには、当然、1階から振動や騒音に対するクレームが来る。
夏目さんは、彼の作業場所に防振マットを敷くなどの対策を施しながら、問題を「温め溶かして」、ついには、彼のために1階に「パウダーラボ・セカンド」を作ってしまうのである。

何故ここまで、障がい者の雇用と賃金にこだわるのか。
夏目さん自身の個人的な後悔も要因の一つだという。
しかし、ドキュメンタリー映画である本作は、夏目さんの個人的な問題に回収せず、我々の無知と偏見の問題であると提起する。

「授産所」という、心身障がい者のための施設もその一つ。
Wikipediaによると、『援助付き雇用などの一般雇用と切り離され、心身に障害を抱えた人々を他より隔離された環境において就業させる事業所や団体』であり、『収益性の極端な低さによって、結果的に工賃が極端に低い』ことが問題となっているという。
本作でも、いくつかの授産所の様子が紹介されるが、たとえば、市井の人が魚を飼う水槽に入れる「苔付きの石」を作るとか、お守りについている結び紐を作るとか。時間単価にして数円に満たないものもあるという。
最近、物価高であらゆる商品・サービスで値上げが続いているが、それでも安価な商品が容易に入手できるのは、こうした「極端に低い工賃」で働いている人がいるからで、しかも、そういった作業を担っている人の多くは、障がいのためにそういう職に就かざるを得ない人々だという現実があるからだ。

購入者からの問い合わせメールの文面に夏目さんが憤る。
『購入した後、障がい者が作っていることを知ったのですが、衛生面は問題ないでしょうか?』

そういった施設や現実が隠されているから我々が無知で偏見を持ってしまうのか、或いは、我々が無知で偏見を持っているから隠されているのか、たぶん、両方とも正解なのだろう。

そして私を含め多くの人が、その現実を知ろうとも携わろうともしないどころか、無意識に排除していることにも気づこうともせず、夏目さんのような志を持った人を持ち上げて、その役割を都合よく押し付けている。

夏目さんは言う。
『経済人のほとんどは、かけてくる言葉が他人事。でも一部の人が頑張ることじゃない』
『障がいがあるから働けない、障がいが重度だから賃金が安い、そんなこと昔の話になりますって。見ててください。絶対にやります』

『見ててください』というのは、映画の制作人や我々観客に向けた言葉である。
では、それ以外の人に『見てもらう』ためにどうするか?

夏目さんのこの言葉が印象的だ。
『ギフトチョコレートの市場が4000億円といわれている。そのうちの1%、40億円をとる』

ギフトチョコレート市場の1%を取れば、市場的にも産業的にも無視できない存在になる。
それこそが、『障がいがあるから働けない、障がいが重度だから賃金が安い、そんなこと昔の話にな』る第一歩であると、彼は信じている。

そのために久遠チョコレートは、失敗や問題や課題を『温めて溶かし』作り直しながら、前へ進む。

そこで働く障がい者の方たちも、失敗しても作り直せると知ったから、障がいを卑下することなく、元気に働ける。

そんな姿を観た我々は、「元気や勇気をもらった」といった、どこか他人事ではなく、「あっ、なんだ、失敗しても温めて溶かせば作り直せるんだ。簡単じゃん」といった感想を持つべきなのだろう。
我々は、本作をとおして夏目さんから「温めて溶かす」方法を教えてもらったのだから。


メモ

映画『チョコレートな人々』
2023年1月22日。@ポレポレ東中野(アフタートークあり)

本文で書かなかったが、印象的なシーンがある。
大阪・北新地で「北新地マダムチョコレート」を売り出すとき、夏目さんはこう言うのだ。
『釜ヶ崎など貧困であえぐ地区のわずか数キロのところに、(高級クラブといった)座って何万円という場所(北新地)がある。究極の不条理』

さて、これからバレンタイン商戦が本格化する。
トップショコラティエの野口和男氏がアフタートークでおっしゃるには、「お客さんがチョコレートを購入するピークが3回来る」とのこと。
うろ覚えだが、確か、1度目が1月下旬、2度目が1月末~2月初旬。この2回で厳選したチョコレートを、バレンタイン用に購入するのが3回目、ということだったように思う。



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