"梟島"というメタバース?~舞台『しびれ雲』~

何でもかんでも「現実の世情」で物語を解釈してはいけない、というか、それ自体が無意味な行為であることはわかっている。
しかし、KERA・MAPの新作舞台『しびれ雲』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)作・演出。以下、本作)を、やっぱり「東日本大震災」と「コロナ禍」に引き付けて観てしまった。

本作の舞台は、KERA・MAPで2016年、2019年に上演した『キネマと恋人』と同じ"ふくろう島"。ただし、「全く異なる世界」である。

『キネマ~』に出てきた名称もチラリと登場しますが、これはパラレルワールド感覚というか、全くの遊び心。

本作パンフレット所収のKERAインタビュー

『キネマ~』は、辛い境遇を生きているヒロインが映画の中から抜け出してきた人物(とそれを演じた俳優)と恋に落ちる……という、(KERA流の)ロマンスの要素が含まれたファンタジーで、物語のフォーカスはヒロインに当たっていた。
本作もファンタジーといえばファンタジーだが、物語のフォーカスは井上芳雄演じる主人公・フジオに当たっているわけではなく、梟島のある地域のコミュニティー全体を広角的に捉えている。
だから、フジオが物語を牽引をしているわけではなく、どちらかというと狂言回しの役割となっている。

本作の「コミュニティー全体のファンタジー」は端的に言えば「人と人との」で、戦前を想起させる時代設定の物語は、長男一家を頂点とする家族の集まりがあって、ご近所付き合いがあって……という具合だが、家父長制を前提とした「古き良き共同体」を懐古したものではない。
それは、全てを放り投げて出奔しゅっぽんする坊主に象徴されるように、共同体に対する強固な縛りがないことが示している。だから、他所よそから流れ着いた(と思われる)記憶喪失のフジオは、ごく自然に共同体に迎え入れられる。

本作タイトルは、物語世界において『「しびれ雲」が空に浮かぶと、その日を境に島の潮目が変わる』と説明される。
物語は、島で記憶喪失状態のフジオが発見された日に、「しびれ雲」が浮かぶところから始まる。
ちょうどその日に執り行われた、ヒロイン・波子(緒川たまき)の夫の七回忌に呼ばれた坊主が上述のとおり島から出奔する。
坊主の出奔は共同体の大きな事件にならないのと同様、身元不明の不審者・フジオの出現も大きな事件にならず、何の疑いもなく共同体に迎え入れられる。
島の人々は古き良き共同体を想起させるような日常を送り、フジオもまたその日常に素直に馴染んでいく。

冒頭に書いたように、何でもかんでも「現実の世情」で物語を解釈するのは野暮だということを承知のうえで敢えて私見を書くと、この時の「しびれ雲」は、「東日本大震災」ではないのか。
被災地の人々は、各々の事情で土地を離れる決断をした(共に被災者である)仲間を見送り、様々な事情を抱えて他所から避難して来た見知らぬ人を温かく迎え入れる。
そして被災地だけでなく、日本中で「」が叫ばれる。

島の人々は、フジオの素姓に拘らないし、記憶が戻るための積極的な働きかけもしない。"今ここにいる"フジオを、何の疑いもなく自然に受け入れる。フジオもまた、無くした記憶に拘ることなく、上述したとおり島での生活に馴染んでいく。

最終盤、島の人がフジオの身元を知ったことが仄めかされ、その直後に再び「しびれ雲」が出現する。これは「COVID-19」ではないのか?

開幕したばかりの本作の結末自体をここでは明かさないが、抽象的に言えば、『物語は「フジオは一体誰なのか?」という軸を持たない』ということが明かされる、ということになるだろう。

終幕の「しびれ雲」が「COVID-19」だったとするならば、それを潮目にオンライン化によるバーチャル指向が加速した「現実の世情」になぞらえて、「"梟島"という架空の島に、過去を持たない"匿名"の他者が参入してくる」と考えることができる。

つまり、終幕の「しびれ雲」の出現によって、梟島は「メタバース空間」に変身してしまった……というのは、私の全くの妄想だ。


メモ

舞台『しびれ雲』
2022年11月12日 ソワレ。@下北沢・本多劇場

COVID-19の影響で本来の初日から数日間休演となってしまい、たまたま観劇した日が初日となった。舞台上も客席も、無事に幕が開いた喜びと安堵の気持ちが溢れていた。

本作は『キネマ~』とは違うけれど、緒川たまきとともさかりえが姉妹という設定は変わらず、ちょっと嬉しかったりもした。
KERA舞台初参加の清水葉月もキュートで可愛かったが、やっぱり初参加の富田望生は以前『ウェンディー&ピーターパン』でも感じたように、本作でも「うまいなぁ」と感心してしまった。

本作はKERA・MAPということもあって、物語性が強いライトコメディーで、ハッピーというよりスッキリした気分で劇場を後にできる作品だった。



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