自分を映す鏡~坂井希久子著『17歳のうた』~
先日袴姿の女性たちを見掛けました。
大学生だけじゃなく、小中高校生……それぞれ卒業を迎えた人たちは、望むと望まざると、次のステップへ進まなければなりません。一人ひとり、それぞれ希望や不安など様々複雑な思いを胸に旅立ってゆきます。
そして次の学生たちが、望むと望まざると、旅立ちを迎える学年へと押しやられます。
17歳は多感な時期であり、旅立ちを迎える学年へと押しやられてしまう立場でもあります。
既に人生の進路を決めて、それに向かう決意を固めた人がいる一方、自分は何者で何がしたいのか分からず不安で押しつぶされてしまいそうな人もいるでしょう。
希望を持ってはいるけれど、周りの状況や事情から、その実現を躊躇している人もいることでしょう。
さらに「恋」なんて不可解で不条理な要素が絡まって、そこから一歩も動けなくなってしまう人もいることでしょう。
坂井希久子著『17歳のうた』(文春文庫、2019年)に収録された5つの短編の主人公たち(みんな17歳の少女)も、複雑な事情と感情を抱えています。
といっても、各物語の主人公たちの環境は少し"特殊"です。
東京の中学を卒業して京都・祇園の舞子さん修行に励む17歳、父親の跡を継いで漁師になりたい17歳、兄を差し置いて実家の神社を継ぎたい17歳、不良グループのメンバーとして「タイマン」を張ることになった17歳、週末に「ご当地アイドル」として活動する17歳。
彼女たちは一見、"普通"の17歳とはかけ離れているように思いますが、悩みは"普通"の17歳と変わりありません。
自分の意思を持っているように思える彼女たちも、実は親や周りの環境で「そうなっている」「そう思わされている」という複雑な事情や感情も持っています。
また、17歳という年齢の彼女たちでは、親や教師、周りの大人たちや環境といったものに、ちゃんと「立ち向かう」ことができません。
というか、大人たちが作っている「社会」の都合で、そういったことが許されない、あるいは、本気で取り合ってもらえない、のです。
こういった「現実社会の壁」の前で、成す術もなく、途方に暮れている姿は、間違いなく"普通"の17歳の少女そのものです。
作者は、主人公たちを"特殊"にすることで、"普通"の17歳と相対化させ、読者が、自身が抱えている言葉にできない「もやもや」に気づき、それを解決する「きっかけ」を見つけて欲しいと思っているのです。
つまり、主人公が"普通"の17歳だと、「わかる!」という共感だけで終わってしまいますが、"特殊"な17歳が主人公だと、彼女たちに「本当はこうしたいんじゃないの?」とか「こうすればいいのに」と声を掛けたくなるのです。
そして、この本を最後まで読み終わったとき、それぞれの物語の主人公たち(だけじゃなくて、周りの登場人物たちも)に掛けたくなった言葉が、実は自分自身に掛けた言葉だったことに気づくはずです。