映画を愛する全ての人へ~映画『銀平町シネマブルース』(2022年TAMA映画祭ワールドプレミア・世界初上映)~
西武新宿線本川越駅の改札を出て、交番と喫煙所の前を通り、スクランブル交差点を渡り、川越市観光会館「小江戸蔵里」の前を通りながら「帰りは川越の地酒を試飲して帰ろうかな」などと考え、信号を渡り熊野神社には入らず鳥居の前で軽く会釈をしてどんつきまで歩き、信号も横断歩道もない道路を渡って鰻屋の前を歩き、お好み焼き屋の角を左折し、何屋さんか未だに知らないお店の前に置いてある首のないマネキン人形を見て必ず、「だけどルリヲは見つからないよ/聞いたんだよ/風車男には首がないんだ」と筋肉少女帯の「風車男ルリヲ」(大槻ケンヂ作詞)を口ずさみ、何を売っているのか未だに覚えられないお店のテイクアウト待ちの行列を横目にカフェの前を過ぎた角を右折すると、映画館「川越スカラ座」がある。
昔ながらの手売りの窓口にお金を出して「○○を大人一枚」と告げると、これまた昔ながらの料金が大きく書いてある切手を一回り大きくしたようなキップを差し出され、それを受け取り中に入る。
「川越スカラ座」をまんま「銀平スカラ座」として登場させた映画『銀平町シネマブルース』(城定秀夫監督・いまおかしんじ脚本、2023年2月公開予定。以下、本作)を観て、「なんて映画愛に溢れた作品なんだ」と嬉しくなった。
本作における「銀平スカラ座」は、映画を作る人、映画に出る人、映画を上映する人、映画を観る人……映画を愛する全ての人たちのサンクチュアリ(神聖な場所)として描かれている。
結構マニアックな作品を上映する本物の「川越スカラ座」だが、厳密な意味ではミニシアターの扱いになるはずで、昔ながらの正真正銘の名画座である劇中の「銀平スカラ座」とは少し違う(でも、近所の家(や公園?)に住む人や遠くからはるばるやってくる人たちが分け隔てなく集い、名作映画を観て、一緒に笑ったり泣いたりするのは同じだ)。
この、名画座を舞台に映画を愛する様々な人たちが集う物語は、昔を懐古しているわけではなく、むしろ未来に向いている。それは、本作が、コロナ禍で大打撃を受けたミニシアターの窮状を少しでも救いたいという企画から始まっていることでも明らかだ。
そして、映画愛に溢れた人々が共に集い映画を楽しむ本作が、少しも懐古的ファンタジーではないことを、このTAMA映画祭のワールドプレミアとして世界初上映された聖蹟桜ヶ丘の公民館(ヴィータホール)に集った人たちが証明してみせた。
本作を観ている大人の観客たちは、たくさんのシーンで本当に声を上げて笑った。
それは何だか久しぶりに見た光景だったけれど、今でも大人たちが映画を観て本気で笑えること、そしてそれは皆で一緒に一つの作品を観ているからだということに改めて気づき、さらに自身もその一員として声を上げて笑っていることに感動した。
劇場にいる観客だけではない。映画の中の観客とも一体になれる。
それは、主人公の近藤(小出恵介)が撮った映画と、初監督作品をこの映画館で上映する夢を果たした若手女性監督(小野莉奈)が撮った映画(『監督残酷物語』は女性監督自身の本意ではなかったろうが、とても笑える)が「銀平スカラ座」で上映され、それを観ながら映画の中の観客とともに映画を観ている我々も一緒に笑えるのだ(『監督残酷物語』は主人公のアル中監督の奇行が主題のようだが、それに翻弄されながらも監督の作品に惚れ込んでいる助監督、というのが、続いて上映される近藤の映画の伏線になっているのも素敵だ)。
映画館で、こんなにほんわかした幸せを感じたのは久しぶりだった気がする。上映後のアフタートークもアットホームな感じで過ぎ、劇場を後にする観客は笑顔のまま雨が降る街へと出て行った。
映画好きのための幸せな映画のために豪華俳優陣が集結した映画『銀平町シネマブルース』は、2023年2月10日より全国順次ロードショー。
メモ
映画『銀平町シネマブルース』
2022年11月20日。@聖蹟桜ヶ丘・ヴィータホール
本作も『まなみ100%』と同様、「TAMA映画祭」のワールドプレミアとして「世界初上映」。両作で脚本を務めたのはいまおかしんじ氏で、両作のアフタートークに参加していたが、こんなにも作風が違う物語を書いているというのは本当に凄いことだと思った。
冒頭の「川越スカラ座」への道のりは、私が普段使っているルートである(毎度「風車男ルリヲ」を口ずさむのも本当)。西武新宿線を使っているのは、JRや東武の駅より近い(それでも徒歩15分程かかる)からで、初めて行った時のルートを律儀に守っているだけである。
本作の「銀平スカラ座」がまんま「川越スカラ座」なのは嬉しかったのだが、一つだけ腹が立ったことがある。
川越スカラ座、あんなにたくさんのゴミは落ちてない!!
本作を観ながらずっと心の中でツッコんでいたのだが、アフタートークで城定監督が「調子に乗りすぎた。川越スカラ座に申し訳ない」と反省していたのが可笑しくて、それで私の怒りは収まった(とはいえ、数分あるカットで登場人物たちが会話しながらずっとゴミを拾っている、拾っても拾っても大量にゴミが出てくる、というのはほとんどギャグと言っても良く、面白いと言えば面白かったのも確かである)。
上映当日現在、「新宿武蔵野館より順次公開予定」とあるだけで詳細は公表されていないようだが、川越スカラ座でも上映されないかなぁ、と密かに期待している。
(追記)その願いは叶った。
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