あなたがいるから、世界は回っている~映画『朝がくるとむなしくなる』~
映画『朝がくるとむなしくなる』(石橋夕帆監督、2023年。以下、本作)は、そのタイトルに反して「希望」の物語だ。何故なら、主役の名前が希であり、それが主演の”あの“唐田えりかに付けられたものなのだから。
”あの“とわざわざ書いたのには、もちろん理由がある。
この逸話をどう捉えるのかは人それぞれで、だから”偽善“とか”売名“といった批判も、もちろん構わない。構わないが、それはしかし、本作を観てから言ってほしい。
何故なら、本作はその批判から逃げないからである。
希と唐田はもちろん別人だが、希は唐田が演じることが前提で創られたキャラであり、だから希は唐田の「それまで」が投影されていて、観客にもそれを想起させるように作られている。
石橋監督は、本作パンフレットのインタビューにこう答えている。
上で「観客にも(唐田自身を)想起させるように作られている」と書いたが、だからこそ冒頭の希のモノローグに胸を突かれる。
それは真理だ。
しかし、いやむしろ、だからこそ、世界に「たとえわたし一人」がいることは、尊い。
この70分の物語に起伏はなく、あらすじにあるとおり、希の『何も起こらない毎日』が淡々と綴られていく。
慣れないコンビニ店員として仕事にまごつき、時に嫌な客に遭遇する。
店長以外は皆、年下の大学生で話が合わない。
一度社会人を経験した希にとっては、彼/彼女らの言動は世間知らず故のものだと思いながら、しかし時に、自分よりもしっかりした考えを持っていることに自己嫌悪に陥ったりもする。
そしてほのかな恋心が芽生えたりもする(おでん事件から自転車二人乗りのシーンは、本当に青春恋愛映画で、キュンとなった)。
物語で何か起こったとしたらそれは、地元から離れた場所で中学時代の同級生・加奈子と再会するということで、それを「唐ちゃん」「芋ちゃん」と互いに呼び合う6年来(撮影時)の親友である芋生悠が演じているということだ。
本作には、2人の本当の関係性がそのまま収められていて、たぶんそれが本作を愛おしいものにしている。
先の『希が語った(辞職の)理由が、果たして本当に全てなのか』は恐らく、唐田・芋生の関係性も想定されていて、だから、涙ながらに語った希に対し、加奈子は『人は正しくなんて生きられないよ』と声を掛け、『だから大丈夫』と励ます。
そう、『人は正しくなんて生きられない』のだ。
だが、その言葉に甘えず、それでも『正しく生きたい』と願い、たとえ『朝がくるとむなしくなる』日々があったとしても、『たとえわたし一人いなくたって、世界は回っていく』と言い聞かせながら、日常を「キチンと」生きてゆく。
時には酔っ払ってコートも脱がずにベッドで寝てしまったり、コンビニで遭遇した嫌な客のことを愚痴ったり、折角料理をする気になったのに調味料がなくて結局レトルトカレーで済ませたり、そんな日があったっていい。
コンビニのバイト仲間の女子大生・斉藤綾乃(安倍乙)が言うように『朝起きて、学校に行く自分はエラい』、それくらいの気持ちで日常を送る。
そうしていれば、何かのきっかけが生まれて、ずっと放り出していたカーテンレールの修理が自分でできたりもする(修理を終えて満足気な表情で床に大の字になった希を観て、私は何故か号泣したくなった)。
『たとえわたし一人いなくたって、世界は回っていく』と始まった本作は、
しかし実は、「あなたがいるから、世界は回っている」という「希望」の物語だったのだ。
メモ
映画『朝がくるとむなしくなる』
2023年12月2日。@渋谷・シネクイント(舞台挨拶付き)
本当に、ほとんど物語の起伏がない、日常を淡々と描いた映画だ。
しかし、だからこそ、唐田えりかさんの一瞬一瞬の表情から目が離せない。
映画『無情の世界』(2023年)でも思ったが、やっぱり彼女は凄いのだ。
石橋夕帆監督作品
芋生悠さん出演作
そういえば『こいびとのみつけかた』で、それまでの暮らしを投げ出して、コンビニでバイトしていたのは、彼女が演じる園子だった。昭和で「ワケあり」といえば日雇いや水商売だったような……時代は変わった。
安倍乙さん出演作
映画『よっす、おまたせ、じゃあまたね。』(猪股和磨監督、2023年)で、"ちばしん"をハニートラップにかけてた安倍乙さんが演じた、バイト仲間のスーパーポジティブ女子大生・斉藤綾乃は、個人的にツボにはまった。