誰かが握ってくれたあったかい"おにぎり"を食べながら~映画『ココでのはなし』~

ホントはわかってる。
何をしたいのかも、何をしなくちゃいけないのかも。

ホントはわかってる。
自分はアイツらより真剣じゃないからとか、親がうるさいからとか、自分がいなくなると周りが困るからとか、そんなことは単なる言い訳だということも。

ホントはわかってる。
私が食べたいのは、そして何より美味しいと思うのは、コンビニで売られている機械が握った冷たいおにぎりじゃなくて、握った人が直接差し出してくれるあったかいおにぎりだということも。

わかってるのに行動に移せない。何もしてない
問題なのは、何もしてないことを罪悪だと感じてしまうこと。
厄介なのは、何もしてない自分は他人より劣っていると感じてしまうこと。

映画『ココでのはなし』(2024年。以下、本作)を監督したこささりょうまは、『「何もしていないは、何もできていないわけじゃない」という思いを大事にして』作ったという。

2021年東京オリンピック開催直後、都会の喧騒に佇むゲストハウス「ココ」。
住み込みでアルバイトとして働く詩子(山本奈衣瑠)は、元旅人でオーナーの博文(結城貴史)とSNSにハマりライフハック動画を配信する泉(吉行和子)さんと共に、慎ましくも満ち足りた生活を送っている。
ココにやってくるのは、バイト先が潰れてしまい目標もなく、くすぶるたもつ(三河悠冴)や、声優の夢を諦め就職しようとするも、両親から帰国を促されている中国人のシャオルー(生越千晴)など、悩みを抱える若者たち。
笑顔でお客さんを迎える詩子にも、わけあって田舎を飛び出してきた過去があった...。
「休憩が大事。考えながら休んでいいのよ」
ココでの生活が、日々に疲れてしまっている人々の心を少しずつ解きほぐしていく。

公式サイト「物語」
(俳優名追記と改行は引用者による)

本作が教えてくれることは三つ。
まず、以前別の拙稿にも書いたが、『生きていれば色んなことがある』のが普通だ、ということ。
次に、現代人(特に若者)はそれを独りで抱え込んでいる、ということ。
最後に、抱え込んでしまったモノから解放されるきっかけは、"生身の"他人とのちょっとした触れ合いからもたらされる、ということ。

2024年11月14日付の朝日新聞朝刊で、哲学者・鷲田清一の連載「折々のことば」の欄で、朴沙羅著『ヘルシンキ 生活の練習』(筑摩書房、2024年)の一節が紹介されていた。
『私はたくさんの人との関係のなかでのみ、まともな人間でいられる』
鷲田は、朴が『制度や多様な人間が介在しない、子と親だけの隔離された関係は危ういと気づ』いた、と書く。

それはきっと、本作にも通じている。
『隔離されず、多様な人間が介在する』ために必要なのは「ココにいてもいいんだ」と思わせてくれる場所だ。
強制されるでもなく、自分専用でもなく、雨宿りの軒下のように「ちょっとおじゃまします」とちょこんと居て、ふぅと一息つける場所。
そして、雨が上がってようとそうでなかろうと、一時休んだらそこから離れる場所。

「ココ」がゲストハウスなのは、事情を抱えて歩けなくなった者が再び歩き出す元気と勇気を取り戻すために、一時休憩する場所だからだ。
だから、存もシャオルーも、恐らく詩子も、誰かが握ったあったかいおにぎりを食べて、「ココ」から"初めの一歩"を踏み出すだろう。
そしてまた疲れたら「ココ」に戻ってきて、誰かが握ったあったかいおにぎりを食べて疲れを癒すだろう。

でも何故、「ココ」に戻ってくるのだろう?
それは「ココ」が一期一会ではないからだ。
「ココ」に戻ってくればいつでも、泉さんのあったかい笑顔と、自家製のお酒が迎えてくれるからだ(オーナー(結城貴史)は旅に出てるかもしれないから、いつでも迎えてくれるのはやっぱり泉さんしかいない)。

疲れた我々は映画館に立ち寄り、スクリーンの中の泉さんやオーナー、そしてその時の訳あり宿泊客と出会い、癒されるのだ(あったかいおにぎりが食べられないのは、とても残念)。

メモ

映画『ココでのはなし』
2024年11月13日。@新宿・シネマカリテ

私はシャオルー役の生越おごし千晴さんの(演技はもちろん)声が大好きだ。
最初に観たのは2019年に上演された『まほろば』(蓬莱竜太作、日澤雄介演出)で、次に観たのは2024年に上演された『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』 (小泉八雲原作、前川知大脚本・演出)だったように記憶している。

本作で吉行和子さんを観ながら、彼女の主演映画『シェアハウス』(喜多一郎監督、2011年)を思い出した。

2024年に映画館で観た作品の中では、山本奈衣瑠さん出演作が多かったように思う。

ラストシーン、新しい宿泊客役は中井友望ともさん。
彼女は、こささ監督のショートムービー『LIKE THAT OLD MAN』(2023年、19分)で主演を務めていた。
思えばこの映画も、自身のモヤモヤした現状をもてあました女子高校生が、警察官という"生身の他人"と始発電車が出るまで会話を交わすという『ちょっとした触れ合い』によって抱えていたものから少し解放される話だった。
私は拙稿にこう書いた。

リアルな世界に生きる我々だって「アレは一体何だったのだろう?」と思い返す「夜」を持っているはずで、この物語の二人はきっと、そういう「夜」を過ごしたのではないだろうか。

警察官は始発電車が来るまでの無人駅で、女子高校生に『ココにいていい』居場所を作ってあげたのだ。

オーナー役・結城貴史さん監督・主演作

存役・三河悠冴さん出演作

外村道夫役・宮原尚之さん出演作

山門勝吉役・中山雄斗さん出演作

坂田国助役・伊島くうさん出演作


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