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映画『無情の世界』

一口に「情が無い」といっても、様々な意味があるのだと、映画『無情の世界』(以下、本作)を観ながら思った。

俳優の小林且弥が立ち上げた、新しい才能の表現の場を志向する映像プロジェクト「STUDIO NAYURA」によって製作された本作は、3人の監督による3本の短編のオムニバスとなっている。

本作の本気度は、トップバッターである「真夜中のキッス」(左向大監督)ではっきりわかる。

深夜のファミレス──取り返しのつかない事態を引き起こしたユイとユウジ。ユウジは自首を提案するものの、それを拒絶したユイはその場を逃走、真夜中の街を駆け巡る

ここでの「情」は、「感情」だ。唐田えりか演じるユイには、全く感情がない。
とはいえそれは、いわゆる「無感情」とは、全く違う。
ユイは逃げ延びるために様々な人にすり寄ったり、時に元カレの現在の彼女と言い争いをする(現在の彼女役の小野莉奈との言い争いは、実際に火花が見えそうなくらい緊迫していて、客観視出来る立場の観客としては見ごたえ抜群である)。その時のユイは確かに表情豊かだったりする。
私がこの作品に恐怖を覚えたのは、最後に明かされる結末や、人を利用して逃げおおせた(ように見える)ユイの「計算高さ」ではなく、むしろ、一見「計算高い」ように見えるユイに「計算」が全くないことだった。
ユイは積極的に「最終的に自分だけでも逃げ切りたい」と思っているわけではなく、「ただ、衝動的にこの場から逃げたくなる」だけなのだ。
だから、ユイの行動には全く思惑や意図がない。ただただ、芽生えた衝動に手を貸してくれる状況に、いとも簡単に乗っかってしまうだけだ。
「計算ができない」のではなく「計算という概念が元々ない」という意味において、ユイには「感情」がない。言い換えれば、ユイは「虚無」である。
人間の姿をした「虚無」、それはもう「ゾンビ」だ。
私は途中から、こんな「ゾンビ」を演じられる唐田えりかが、怖くて怖くて仕方がなかった。

2話目の「イミテーション・ヤクザ」(山岸謙太郎監督)の「情」は、「情報」である。

俳優・渡部龍平。未だに名前のついた役をもらえず、マネージャーに半ば愛想を尽かされつつもアルバイトをしながらたまにヤクザ映画のエキストラをこなす毎日。ある日、役者人生をかけて挑んだオー ディション会場で想像を絶する大ピンチに遭遇する……。現実と虚構、絶望と希望の間で激しく揺れ動く、「俳優のいちばん長い日」を見事に描いたメタ任侠映画。

作品の中の渡部龍平(本人)は、正しい情報が得られなかった(間違った情報が訂正される機会を逸した)が故に、『想像を絶する大ピンチに遭遇する』。
その状況自体がなかなか素敵なのだが、秀逸なのは「オチ」である。
さながら「粗忽モノ」の落語のような「オチ」は、つまり、渡部龍平は「リアル」と「リアリティ」の区別がついていない、というところにある。
まさに「生死を懸けて」得たと言っていい貴重な「情報」を、咀嚼・処理することなく、そのまま受け入れてしまい、「演じる」ことと「再現する」ことの区別がつかなくなった(まさに「粗忽者」)。

そんなシュールな終わり方をした作品の後に来る殿しんがり、「あなたと私の二人だけの世界」(小村昌士監督)の「情」はまさに「情」、つまり、他人に対する思いやりの気持ち。

雑居ビルの一室で開かれる二つのレッスン。一方は女性向けに痴漢や強盗から身を守る術を教える護身術スクール。もう一方は奥手な男性向けの恋愛講座。ある偶然の出会いから、相容れない両塾の運命を大きく揺るがす危険な片思いが始まる……。

公式サイトで『ブラックコメディー』紹介されているが、とにかく主要人物のカリカチュアが絶妙(「榎本護身術スクール」主宰・講師である榎本役の菊田倫行はもちろん、個人的には「立花恋愛塾」主宰・講師である立花役の内田ちかの演技がツボにはまった)で、特にわかりやすい笑いはないのに、笑ってしまう。
だからこそ余計に白石優愛演じる櫻井舞子と、大友律演じる下田優の「情」の無さが際立つ(両極に対する不可解さ、という感じだろうか)のだが、一概に「情が無い」といっても、二人のスタンスは微妙に違っていて、それが物語を意外な悲劇へと導く。

しかし、シュールな「後日譚」が、この物語を単なる悲劇で終わらせない。
榎本の「夢の話」は、それが意図されたものかはわからないが、結果的に3話全体の総括になっている。
彼の夢は、曖昧な情報が錯綜し像を結ばないが故に虚無であり、しかし「夢」であるがゆえに、(夢の中では)その虚無を受け入れざるを得ない。
それは、我々観客が、約2時間の本作で見た「夢」でもある。
映画館を出た観客は、榎本と同じように、今観た映画の像が結べず、本当にそれを観たのか自信を無くしながら、物語を行きつ戻りつ反芻するしかないのである。

メモ

映画『無情の世界』
2023年7月1日。@新宿・シネマカリテ(舞台挨拶あり)

と本文を締めくくったのだが、実際の私はそうはならなかった。
何故なら、本編上映後に「真夜中のキッス」の監督、出演者による舞台挨拶があったからだ(表題の写真はその時のもの。写真左から、ユウジ役の栄信さん、ユイ役の唐田えりかさん、左向大監督)。
毎月1日のサービスデーで割引料金の日なのに、舞台挨拶をして下さるなんて、感謝・感激である。

そういえば、「あなたと私の二人だけの世界」を観ながら、主役の櫻井舞子を演じている人、最近どっかで見たような……と脳内検索していたのだが、そうだ、映画『レンタル×ファミリー』(阪本武仁監督)に出演されていた白石優愛さんだった。



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