アイスが溶けた卒業式
続くまで応援しよう…。
部活のために自宅から1時間半かけて中学校へ通うことを決意した次女。
「本当にできる?」
しつこいと思いながらも何度も同じことを聞いた。
「絶対できる!」
次女がそう言い切るのだから信じてやるしかない。
どこまで続くだろうか。無理だけはさせないでおこう。私も妻もサポートすることを約束したものの半信半疑だった。
「身体に何か無理が出たら考えましょう」
娘を受け入れてくれた中学校の先生も当時まだ12歳の娘を精一杯気遣ってくれていた。
あれから3年。あっという間だった。
寝坊をして間にあわなかったこと。
電車が止まって帰るのに半日かかったこと。
寝過ごして終着駅から引き返してきたこと。
家に帰って倒れこみ気絶するように寝たこと。
「そんなこともあったねぇ、ほんとに頑張った」
卒業式に向かう車中で、奥さんと3年間の思い出を振り返っていた。
次女は昔から自身の感情を表現したり、アピールすることが得意ではなかった。5人兄弟で、次女なりに色んなバランスをとってくれているのかもしれない。我慢させてしまっていることもたくさんあるだろう。
大喜びすることもなければ、悲しみに暮れることもない。みんなが感動モノの映画で泣いていても1人だけ飄々としている。それどころか笑みまで浮かべていたりすることも…。
「みんな泣いてるのみたら笑けてくるよね」
こんな塩ゼリフまで。そんな飄々とした様子から家族内で”心がない”とか”アイスマン”と呼ばれ、茶化されていた。
でも良い方に捉えると、感情の振れ幅が少なく情緒が安定しているという事。いつもどこかほんわかしていて平和な空気を我が家に運んでくれる。
またいつも表情が変わらないから、ふと見せる瞬間の笑顔がたまらないのだ。奥さんに似てなかなかのツンデレ野郎だ。
さて娘がどんな巣立ちを迎えるのか。アイスマンの卒業式を見届けようではないか。卒業式会場に入ると先生から手紙を渡された。
いきなりかよ。
先に読み始めた奥さんが完全にフリーズしとる。「あかん、コレ…」目に涙をいっぱい浮かべ手紙をパスしてくる。Noサンキュー!というわけにゃいかん。
一瞬でアイスが溶けた。
ありがとうとか好きとか、こんな風に自身の気持ちを伝えてくれたのは15年で初めてのことだったからビックリしすぎて、最後は文字が滲んでまったく読めなくなった。
「サプライズが過ぎる………」
”優しくて細長いまま” ”おもしろくて濃いぱぱ”は式前から放心状態になった。卒業式でも彼女の姿勢や表情はクールそのものでいつもとまったく変わらない。
「柔らかな春の兆しが見られる今日、私たちは3年間お世話になった中学校を卒業します」
卒業生の答辞が始まった。
私たちに問いかけてくる。
「15年間、一番の笑顔をくれたのは私たちが産まれた瞬間だったのではないでしょうか?」
(そんなことないよ…、今も笑顔だよ)
「今日だけは15年前に見せてくれた笑顔で私たちを迎えてください」
(……………………笑顔で迎えるよ)
反則でしょ、この答辞。気付いたらマスクに温かいものが溢れ、びちょびちょになっていた。
娘はまったくいつもと変わらぬ様子なのに、こんなにも心を動かされるなんて。退場時も晴れ晴れしい表情でこちらに目もくれず式を後にする娘。
最後は校庭で参加の保護者で花道を作り、卒業生の見送りとなった。
「ほんとよく頑張ったね」「そうだね」
娘が来るのを待っていた。1組、2組、やっときた。3組。
もう推しを待つファンみたいな気分。
キャー!きたぁー☆!!
キラキラ輝いている?えっ!えっ?えー!
鼻が真っ赤なんだけど!泣いてる?
娘は泣くと鼻が真っ赤になる。幼少期の娘の泣き顔がぶわぁっと蘇ってきた。本当にいい仲間に恵まれ、充実した中学生活だったのだろう。
アイスは完全に溶けた。
甘く優美な春の匂いがした。
式を終えて、私たちの元に帰ってきた娘。
「今日は餃子パーティーにしよか?」
「友達と2日連続でしゃぶ葉行くから無理!」
いつも通りの塩対応。パーチ―せんのかーーーーい!!
しかも2日続けて”しゃぶ葉”ってなんなん?しゃぶ中?
それはもうクールに断られた。溶けすぎたアイスが美味しくないことを彼女はよく知っている。変わらない優しさをこれからも家族に届けておくれ。
卒業おめでとう。