メロンソーダは苦く大人の味がした
初めて炭酸を飲んだのは小学3年の夏のことだった。
スポーツ万能な上にユーモアもあるソウスケ。お互い転校生だったこともあり自然に距離が縮まり、すぐにお互いの家を行き来するような関係になった。
内弁慶だった私にすぐに友達ができたこと、そしてソウスケが当時所属していたサッカーチームに誘ってくれたことを両親はとても喜んでいた。
当時アニメの”キャプテン翼”が全盛期だったし、ソウスケと一緒に過ごせることが嬉しくてすぐに入団を決めた。
初めての練習の日。ベリベリと音を鳴らしマジックテープのついた財布から小銭を取り出し、迷いなく電車の切符を買うソウスケ。
大人に混じり、堂々と電車に乗って練習へ向かうソウスケの後ろ姿がとてもカッコよく見えた。私も小学3年ながらに大人の仲間入りをしたような感覚になった。
入団して3か月ほどして迎えた最初の夏。練習へ行くために自転車に乗り、いつもの駅に着くとどこかで見た顔。ソウスケのお母さん!
駅前のファーストフードチェーンで仕事を始めたそうだ。真っ黒に焼けた肌が印象的で溌剌としている。ママさんサッカーをしているらしい。まさにこの親にしてこの子ありという感じだった。
その日はサッカーグラウンドから巻き起こる砂煙にずっと身体を撫でられているような乾いた暑さだった。こんな日はいくら水分を摂っても、なかなか身体の乾きを潤すことができない。
練習が終わって駅に着く頃、ソウスケも私も喉がカラカラに干からびていた。
「あのジュース美味しそうやな」
駅ナカの和菓子屋にある今でいうファミレスのドリンクバーみたいなジュースサーバーを横目にソウスケが言った。
オレンジジュースやコーラなど好きなものを和菓子屋のおばちゃんに注文するタイプのやつだ。1杯70円。
「半分ずつ出してメロンソーダ飲まへん?」
ソウスケが言った。でも当時のサッカーチームで買い食いは禁止。そして身体によくないという理由で炭酸飲料も禁止されていた。
「ダメでしょ?」
「大丈夫よこれぐらい。飲もうや!オレ40円出すし」
その時の私はソウスケの意に反するような意思を持ちあわせていなかったし、それ以上に喉が渇ききっていた。
ベリベリと財布を鳴らし10円玉を3枚、ソウスケは4枚出し、少し背伸びして和菓子の並ぶショーケースの上に置く。
「メロンソーダください……」
おばちゃんが、真っ赤な紙コップになみなみと注いでくれたメロンソーダはシュワシュワと元気よく音を立てて輝いていた。
ソウスケが先に飲む。
ゴクゴクと喉が嬉しそうに鳴っている様子を見て、思わず唾を飲んだ。
「飲んでみな」
ゆっくり慎重にストローからメロンソーダを吸い込む。飲んだ瞬間、炭酸がツンと鼻先から手の先まで染みわたり、身体中が痺れるような感覚だった。
身体の中で炭酸がジュワッ〜と音を立てている。快感だった。口中を満たすメロンの香り、そして舌にまとわりつく甘さ。
本当に幸せだった。その瞬間が来るまでは。
メロンソーダを飲んでいる私たちの前に突然、仕事帰りのソウスケのお母さんが現れた。なんというタイミングだろうか。ビックリした顔で、私たちの顔を交互に見ながら……
「あんたたち何やってんの?」
買い食いと炭酸飲料、犯した2つの過ちが一瞬でバレるなんて。ビックリし過ぎて私はその場でフリーズしてしまった。
そして同じようにフリーズしていると思っていたソウスケが、サッと私の方に身を寄せる。そして自分が持っていたメロンソーダの入ったカップを私に持たせ、こう言った。
「こいつが炭酸の飲もっていうから……」
8歳にして裏切りの洗礼をうけたワイ。きっとなんともいえない顔をしていただろう。私は一瞬で色んなことを理解しソウスケのパスを無言で受け止めた。
ソウスケのお母さんや両親に叱られたことももう忘れてしまった。しかし、そのときに口の中にあったメロンソーダは苦くて大人の味がしたこと。そして親友に裏切られた瞬間の光景はスローモーションで再現できるほど鮮明に記憶している。
「あの時の裏切りは今でも忘れられへんわ」
「ハハッそんなこともあったね。まだ根に持ってるの?でも今のお前がいるのはオレのおかげだよ」
あれから10代まで共に過ごし、40年近くたった今でも1年に一度はソウスケとエメラルドグリーンではなく琥珀色の炭酸で乾杯している。
あの時飲んだ甘くてほろ苦い人生のようなメロンソーダの味は今でも忘れられない。