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父、憧れのいなり寿司を作る
いなり寿司が好きだ。
オニギリとは一線を画した上品な佇まい。
コロコロと集まった時の可愛らしいさま。
一口で食べたくなる絶妙なサイズ感。
口の中でジュワっと広がる優しい甘さ。
揚げと酢飯が奏でる最高のハーモニー。
そして、とてもリーズナブルな寿司。
これとか大好き。
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私のいなり好きには、ちょっとした理由がある。
母は健康志向で、料理に砂糖や塩をたくさん入れることを好まなかった。基本はうす味。
だから酢は通常の量でも、砂糖は少量のため、酢飯は鼻がツンとするほど酸っぱかった。
揚げを煮るところから作るいなり寿司も同様で、ジュワッと口の中に広がる甘い、いなり寿司に憧れを抱いていた。
小学生の頃、サブちゃん(北島三郎)が
「あったかご飯に混ぜるだけ〜♪」
すし太郎のCMを食い入るように見ては
「一度でいいからピンクの甘いツブツブとか、カラフルな甘いチラシ寿司を食べてさせて欲しい」
と懇願したが、信念の強い母は、すし太郎や桜でんぶを使ったことは一度もなかった。
今となっては健康な身体に育ててもらえたことに感謝しているが、そんな想いに反し、甘辛料理や甘い味付けが大好きになってしまった。
すまない母さん。でも健康には気を遣っているから安心して欲しい。
昔のことを思い返していたら、無性にいなり寿司が食べたくなったので作ってみることに。
えっ!こんな酢と砂糖いれるの?
オムライスにかけるケチャップ並みの勢いで砂糖が必要なのね。これは母も砂糖を減らしたくなる訳だ。
酢もご飯シャパシャパになるぐらい入れたけど大丈夫だろうか。米を切るように混ぜ、うちわで酢飯を冷やすと固くなってきた。
揚げは、ご飯を入れすぎると破れてしまったり、中身がバラバラしたりと繊細でなかなか大変だ。朝から作るもんじゃないな。
酢飯が余ってもったいないので、焼き鯖寿司も、見よう見まねで作ってみる。
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が……、焼き加減が悪く皮が剥がれてしまい、なんだかヌーディーな鯖寿司になってしまった。
切ると崩れそうだったので、棒のまま箸で食べたけど、めちゃ美味く
「鯖だけ食べる倍ぐらい幸福感、増してる」
と奥さんも絶賛してくれた。
ということで1週間後に2回目のチャレンジ。
前回、酢飯を冷ますのにかなり時間がかかり、仕事にも遅れそうになったので、前日寝る前に頑張って酢飯を作ってみたが……、
朝になったら酢飯が、ラグビーボールのように投げられそうなくらいカチカチで結局チンした。
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酢飯って繊細なのね。当日作るから美味いんだな。刻んだ生姜も加えてまた鯖寿司を作った。
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今回は充分酢飯を冷やし、ググった通りに濡らしたキッチンペーパーで包丁をつつみ、神経を集中させ、ゆっくりと慎重に、一気に押し切る。
それは見事に…
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決して食べかけではない。汚くてごめんなさい。
なかなか上手くいかないもんだ。
「今日はちょっとアゴ疲れたね」
と言いながらも奥さんも娘も全部食べてくれた。
3週間後、夕飯のご飯が3合残った。
いなりチャンスだ。
朝5時30分、3回目のいなりチャレンジ開始。
もう何も見なくても酢飯も作れるようになった。
大さじ4杯の酢と砂糖、小さじ1杯の塩を炊飯器に直接入れて手際良く混ぜ、うちわで心を落ち着かせるように静かにパタパタする。
揚げに詰める絶妙なご飯の量も心得た。
揚げの耳までご飯を詰めたら、仕上げにご飯がまとまるように少し力を入れて形を整える。
細くも太くもないフォルムが、揚げと酢飯の絶妙なバランスが生む。丁寧に揚げのふたをしめ、弁当箱に次々と詰めていく。
グリルに仕込んだ鯖も皮に焼き目が綺麗についていい感じ。
ご飯の量もそこそこに鯖をのせ、カチコチニナーレと呪文を唱えながら、巻きすのまま冷やす。
朝ご飯の準備が一通り終わった7時。
ちょうどいい時間だ。
ゆっくり慎重に包丁を入れる。
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思い描いていた憧れのいなり寿司弁当が完成。
焼き鯖寿司は朝ごはんに。
まだ揚げがたくさんあるから、この秋もう一回ぐらい作ってみたい。
でも娘が、いなり寿司を嫌いになってしまわないよう、そこそこにしておかなければ……。
次は、母が家に遊びに来てくれた時に作ってみることにしよう。
「ちょっと甘いわね……」
なんていいつつも喜んでくれるはずだ。
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