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中3最後の運動会での3秒間の出来事

「あばらいってぇ~!リレー走れるかな、ほんと出たいし、マジで」

ダイニングテーブルに腰をおろした瞬間、中3の長男が騒ぎ立てる。3日前に友達と遊んでいる際にアバラを強打したそうだ。

「ほんと大丈夫…?病院行った方がいいんじゃないの?」

心配するでない妻よ。心配ないさー。
さっきまで友達と公園で全力サッカーしておったぞ。これは運動会見に来て欲しいフラグを発生させているだけだ。

夕飯を食べ終わり、ソファに寝転んで韓国アイドルのYouTubeを食い入るように見ている彼。

身体の線は細いけど、筋肉質で細マッチョ、膝頭なんかも骨がゴツゴツしていてサッカーやってますねん。という感じの細いけど逞しい足。身長はもう私より大きくなっているのではないだろうか。

そんな事を考えながら、ぼんやり彼を見ていると視線を感じたのか……、

「パパも運動会来る?」

ちょっと前までは中学生だし、もういいかな。。と思っていた。けれど、見たことない一面を見せるぜ!的な雰囲気をむんむんと醸し出しているから行くの一択だ。

昨今の運動会は、学年ごとの実施が多く演目が連続で実施される。昔みたいに該当学年が終わったら一休み。みたいな余白はなく、競技の連続だから見ている方もなかなか気忙しい。

いよいよ長男が楽しみにしていたクラス別男女混合リレーが始まる。見やすいポジションに移動し、奥さんと息子の行方を探す。

「何番目?」

「真ん中くらい。赤ハチマキ。そう!あれ!あの頭長いの」

儚くも頭の長さで識別された息子は、みじんの緊張感もなく仲良し男子とずっとふざけあっている。リラックスしてるようだ。

リレーも中盤にさしかかり、彼の出番が回ってきた。

1・2・3…。目で追った赤ハチマキは現在4クラス中の3位。1,2位との差は5mぐらいか。テイクオーバーゾーンに入る。

私の胸の鼓動も高鳴る。

先ほどまでのふざけた雰囲気はない。気合いが表情に満ちている。スムーズにバトンが渡った。

「いけ!!」

心の中で声援を送る。足早っっ!コーナーにさしかかりさらに加速!アウトコースから2位の女子をあっという間に抜かしそう……。

アー!!

、、、!?

コケタ!


息子ではない。女子……。

追い抜こうとした瞬間、隣を走っていた女子がヘッドスライディングするように転倒してしまった。

私たちも頭の中で状況を把握するまで少し時間がかかった。恐らく彼が追い抜こうとした瞬間に何らかの形で、女子と接触してしまったのだ。

転倒したことがわかった瞬間、彼は後ろを振り返り一瞥した。

どうする?

どうなる?

この瞬間、私の中で完全に時が止まっていた。

彼は女子の様子をもう一度確認した。そしてスピードを落とし、ついには完全に足を止めた。後続はもちろんスピードを緩めることなく彼を追い抜いて行く。

おそらく「大丈夫?」と一声かけ、彼女が無事立ち上がった瞬間、またアラレちゃんのようにキーーンと走り去っていった(世代の人しかわからないよね、とにかく速いという例え)

順位は上がるどころか、転倒させてしまった女子と同じくダントツの3,4位となってしまい、そこでついた差を最後まで挽回することはできなかった。

競技が終わってからも私たち夫婦は、頭の整理が出来ず、目前で起こったアクシデント、およそ3秒間の出来事に思いを巡らせていた。

アクシデントに巻き込んでしまった女子には本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。彼もさまざまな葛藤をした3秒間であっただろう。歩を止めたことも正しい選択だったのか私たちには分からない。でも3秒間で息子が下した決断を尊重してやりたい。そう思った。

その日の晩、息子に聞いてみた。

「彼女は大丈夫だった?」

「大丈夫だったよ。ちゃんと謝ったし。実は親友の彼女なんだよね。友達にやってんなぁ!て言われちゃったよ」

走っている足同士が触れて転倒してしまったそうだ。幸いケガもなかったそうで無事であったことに胸をなでおろした。

「止まるの一瞬迷った?」

「ん-…わかんない」

「すごいことだよ。僕だったら多分そのまま走ってる」

「そんなことないっしょ、パパの子だし」

あっけらかんとした彼の表情を見て、胸の奥で固くなっていた何かが、ほろほろと音を立てて崩れ落ち、言葉に詰まってしまった。

彼はいつも通りの様子で、奥さんから大量にプレゼントされたお気に入りのグミをクチャクチャさせながら……

「もうモテちゃってしょうがないよね!」

いつも通り軽口を叩く陽キャな彼に戻っていた。

彼が楽しみにしていた最後の運動会はあっという間に終わっちゃったけど、私たちにとっては何とも忘れられない運動会になった。

今後、成長していく中で迷ったり、決断を迫られる瞬間が望まずともたくさんある。

そんな時に今日の3秒間の決断で得た経験が、今後、彼の背中を押してくれるんじゃないかと思う。

私が背中を押されたように。

そうなることを心から願っている。

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