吉祥寺 源氏物語を読む会 #5「帚木」現代語訳(浮気な女や漢文女の体験談)+講座動画+音読用原文
本記事は、2020年10月25日(日)10:15~12:25に開催予定の古典講座「吉祥寺 源氏物語を読む会」第5回で発表した源氏物語現代語訳、ならびに、講座動画・資料のオンライン配信のページです。お求めいただくことで、限定配信のURLならびに配付資料データをご覧いただけます。
範囲としては、「帚木」巻の中盤から後半にかけて、「浮気者の女」「漢文の女」など雨夜の品定めの終わりの部分、翌朝、葵の上の家を訪ねた後、方違えに出かけ始める辺りまでを訳しています。
この記事を単品で500円でお求めいただくことも可能ですが、54帖全てを訳し終わるまでの回がセットになったお得なマガジンもあります。
以下の節番号は、小学館『新編 日本古典文学全集』の小見出しと対応しております。
ここまでのあらすじ
若き桐壺帝は、右大臣の娘 弘徽殿女御(こきでんのにょうご)ら他のきさきを捨て置き、桐壺更衣(きりつぼのこうい)ばかりを愛した。皆の恨みを買った桐壺更衣は嫌がらせを受けるなどして心身ともに衰弱し、とうとう亡くなってしまう。遺児の若宮(のちの光源氏)はそのとき数えで三歳、母親の死さえ理解できない状態であった。
その後、若宮は父・桐壺帝に溺愛されながら成長する。非常にかわいらしく、多方面に才を発揮する若宮であったが、帝は後ろ盾に乏しい彼の将来を案じ、皇族から臣下の身分に下げることにした。
何年経っても、桐壺更衣が忘れられない桐壺帝は、先帝の四女が更衣に似ていると聞いて興味を持つ。きさきとなって「藤壺(ふじつぼ)」と呼ばれるようになった彼女に対し、光源氏は淡い恋心を抱くのだった。
やがて光源氏は十二歳になり、元服のときを迎える。父の配慮もあり、左大臣の娘である十六歳の葵上(あおいのうえ)と結婚するが、葵上の気性や二人の年齢差もあって夫婦の仲はなかなか深まらない。左大臣邸を訪れても、葵上の兄弟・頭中将(とうのちゅうじょう)と過ごす始末である。ひそかに光源氏は藤壺を慕い続けた。
ある雨の夜、宮中で過ごしていた光源氏のところに、頭中将が訪れて女性論を語り始める。受領(ずりょう)の娘など中流の女性こそ、一人ひとりの個性が見えておもしろいという。そこに、色男の左馬頭(さまのかみ)と藤式部丞(とうしきぶのじょう)も加わり、恋愛談議に花が咲く。左馬頭は豊富な経験をもとに、結婚相手を選ぶ難しさ、結婚相手に欠かせない資質、印象深い女性などについて語り続けている。
帚木9の1 左馬頭の経験談「浮気な女」①
左馬頭が語り続けます。
「さて、先ほどの女と同じ頃に付き合っていた、別の女性の話をしよう。気立てもよかったし、和歌を詠むのも字を書くのも琴を爪弾くのも、何でもそつなくこなす人だった。さぞかし教養のある人なのだろうと感じさせる女性でね。外見も悪くはなかったから、さっき話した口うるさい女を主としつつも、時々、こちらの女にも密かに逢いに行っていた。夢中だったよ。
例の口うるさい女が亡くなった後、「どうしようか――いや、もうこうなってはどうしようもない」と気の毒に思ったが、死んでしまったものはもはや考えても甲斐がない。俺は風流な女のほうに、前よりも足しげく通うようになった。そうするとね、ちょっと引っかかるところが出てくる。しゃれて色めいたところが気になる。信頼できそうになかった。それで、あくまでたまにだけ顔を見せていたところ、女のほうは密かに別の男と関係を持ち始めたようだった。
十月頃、月の美しかった夜のこと。宮中から退出する際、ある殿上人と出くわし、牛車に相乗りする流れになった。私はその夜、大納言の家に行こうとしていたが、同乗の男が『今夜、私を待っているだろう女が、妙に引っかかるもので……』と降りたのが偶然にも風流女の家のすぐそばだったので、俺も釣られて牛車を降りた。ちょうど、女の家の荒れて崩れた塀の隙間から、池の水面に月が映るのが見えてね。「月でさえ宿るわが家なのに、肝心のあなたは来てくれない」なんて和歌も思い出したからさ。
そしたら、その男は何ということなしに、この女の家に入っていくではないか。以前から通じていたのであろうか。門に近い渡り廊下の縁側に腰かけ、しばし月を眺めている。
霜が降りて庭の菊が色変わりをするさま、紅葉が競い合うように風に散りゆくさまなど、いかにも風情がある様子である。男は懐に忍ばせていた笛を取り出して吹き鳴らし、合間に少し、「影もよし」などと色めいた催馬楽を歌いもする。中からはそれに合わせて和琴の整った演奏が聞こえてくる。あらかじめ調弦のなされたいい音色だ。御簾のうちからやわらかに聞こえてくるそのしゃれた律の調べは、今ふうで、清く澄んだ月にぴったり合っている。
男は感心し、御簾のそばにまで近寄って、古い和歌を引用しながら、『おやおや、これほど素敵な女性がいらっしゃるのに、庭の紅葉には分け入った男の足跡もない』などと絡んで女をじれさせる。菊を手折って、
『琴の音色も月もえも言われぬ美しさのお宅ですが、どうですか、薄情な色男を引き留められましたか
僕などでは、このお相手には物足りないようです』
などと言って、
『もう一曲。聞いて褒める私がいるのですから、弾き惜しみはいけませんよ』
などとじゃれかかるので、女は声色を作って、
『木枯らしの音と調和するような笛の音色。そんな腕前のお方をお引き留めできるような演奏はできませんし、何とお声がけしたらいいか言葉も出てきません』
と艶やかに返し、ここで俺が苛立ちを募らせているとも知らないで、また筝の琴を盤渉調に奏でて、今ふうに掻き鳴らしている。その演奏は、才能がないとはいわないけれど、何とも癪に障る感じがした。
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