31-5.「やめられない!」「止まらない!」行動を変える
<研修会のご案内>
<ご案内中の研修会>
1.世界は“依存の問題”で溢れている
今という時代は、射幸心を煽り、人々の依存行動を誘発する刺激や、依存を巧みに強化する反応が世の中に満ちています。依存の問題といえば、以前はアルコール依存や物質依存、ギャンブル依存などが主でした。しかし、自傷行為依存や性的行動依存などが増加し、さらに今はネット依存やゲーム依存などの新種の依存の問題が急速に蔓延してきています。
インターネットの影響で依存の誘発刺激は、無分別に提供され、また誰もがいつでもアクセスできるようになっています。そのため、一部の特殊な人だけでなく、子どもから高齢者まで誰でも依存に嵌る危険性に満ちています。
臨床心理iNEXTでは、このような新種の“依存”の問題に対処する方法をテーマとする「注目新刊書」著者研修会を開催します。今回の注目新刊書は、『代替行動の臨床実践ガイド』(北大路書房)※)です。同書の副題は、『「ついやってしまう」「やめられない」の〈やり方〉を変えるカウンセリング』となっています。
※)
2.代替行動アプローチとは何だ?
「ついやってしまう」「やめられない」ということから分かるように『代替行動の臨床実践ガイド』は、依存行動をテーマとしています。依存の問題の解決では、依存行動に替わる、より適応的な代替行動を形成することが目標となります。
より適切な行動を形成することは、ある意味であらゆる心理療法の目的と言えるかもしれません。しかし、依存の問題は、依存という「ついやってしまう」「やめられない」というその性質から、代替行動の形成が特に困難になっています。そのような依存の問題に対して、どのように代替行動の形成を支援していくのかは、現代社会の心理サービスの主要課題です。
そこで、『代替行動の臨床実践ガイド』の第一編者である横光健吾先生をお迎えして、代替行動アプロートとは何かを中心に編集意図をお伺いしました。以下に私(下山)が、横光先生にインタビューした内容を記載します。
なお、今回の研修会の参考書となっている『代替行動の臨床実践ガイド』の出版元である北大路書房のご厚意により特典が付きます。研修会に向けて同書のご購入希望の方は、「臨床心理iNEXTからの紹介」と明記して、下記の北大路書房のホームページ※)の商品ページから直接ご購入いただければ、特典付きで同書をご提供いただけることになっています(ご注文→直接購入(カートへ)へとお進みください)。
※)https://www.kitaohji.com/book/b606156.html
3.代替行動形成は全ての心理支援の目標
[下山]ご著書『代替行動の臨床実践ガイド』の「はじめに」で書いておられるように、代替行動の形成は、ある意味で実はすべての心理支援の目標ですね。安心感を得ることで変わる(=カウンセリング)とか、洞察によって変わる(=精神分析)とか、その方法はさまざまです。しかし、今の行動や考え方がうまくいっておらず、クライエントと一緒にそれに替わるものを探していくことが心理支援ですね。
その点でどのようなカウンセリングや心理療法であっても、問題を起こしている考え方や行動を止めて、その人がより良いと感じる代替行動を形成することが目標になっています。その中で先生が、敢えて「代替行動」をテーマとする同書を編集した意図はどのようなことでしょう。
[横光]それは、「ついやってしまう」「やめられない」という依存への私の関わりと関連しています。私自身が依存症の臨床と研究を中心にやってきたということがあります。依存症の臨床の目的としては、最終的にギャンブル依存に替わる行動やアルコール依存に替わる行動を見つけていくことです。しかし、その入り方が全く違うなと気づいたということがありました。
4.依存対象によって取り組み方が違う
[下山]入り方というのは?
[横光]依存症の治療は、最終的に代替行動を見つけて、それを身につけていくことが目標となります。しかし、それに取り組むまでのプロセスは、依存対象によって異なっています。ギャンブルだったら、まずは刺激統制の話をすることから始めます。いきなり「読書してみましょう」と言ったりすることはないわけです。
アルコールだったら、まず「お酒を飲む人はどのくらいいるでしょうか?」といったノーマライゼーション的な心理教育が役立ちます。お酒を飲む人が日本に2人に1人といった話をすると、まずびっくりされる。酒飲みの人は、自分の周りは飲む人ばっかりだから、全員お酒を飲むと思っているわけです。毎日お酒を飲む人は、実は100人いたら3人くらいです。一方で、ギャンブルではそういう話はしない。
[下山]なるほど。代替行動を目指すにしても、問題のあり方とか、どういう症状なのかとか、それによって適したプロセスが違っているのですね。
[横光]依存症の治療でその入りが全く違うことは、私からすると“目から鱗”でした。その
経験を共有したいというのがスタートだったんです。
[下山]その点では、ゲーム依存は、その入り方は全然違いますね。今の時代、ゲームはあ
らゆるところで氾濫しているので、そもそも刺激コントロールは難しいですね。
[横光]確かにゲーム依存は、介入が難しいですね。
5.“依存”は、多くの心理的問題の共通要素となっている
[横光]そのように同じ依存の問題であっても、テーマによって介入の入り方が違っています。そこで、さまざまなテーマの依存に関わる人に声をかけて本を作ることにしました。自傷行為なども依存に入ります。「ついやってしまう」「やめられない」ということであれば、“夜ふかし”もそれにあたるとなりました。
さらには、気分障害や不安障害の維持要因の中にも「ついやってしまう」「やめられない」要素があるのではないかということになりました。また、依存症の治療では、家族へのアプローチも重要だとなりました。そのように依存の問題を広げていきました。
[下山]「依存治療における代替行動」をキーワードにして見ていくと、依存対象によって
入り方や介入の進め方が違うだけでなく、さまざまな問題や症状の中に依存的要素があることもわかってきたというわけですね。そこで、「代替行動アプローチ」をより洗練させていく必要性を感じたという理解でよろしいでしょうか。
[横光]そうですね。そのようなさまざまな依存に対する代替行動アプローチの事例を見ていくと、横串でいずれにも共通する何かが見えてくるのではないかと考えたわけです。だから、さまざまな代替行動アプローチの事例を提示して、「そこに共通項があるのか」、逆に「問題や症状によってどのような違いがあるのか」を見ていきたいというのが、本書の狙いです。
6.依存関連の事例から共通要素を読み取る
[下山]少し前の時期になりますが、ルミネーション(rumination)、つまり“反芻”あるいは“考え込み”といった現象が注目されるようになりました。このルミネーションも、さまざまな問題や症状に共通する維持要因ですね。うつ病だけでなく、不安障害においても重要な維持要因になっていた。
“反芻”と同じように依存も、実はさまざまな行動の維持要因になっていると見ることができ
ると思います。そして、依存に対する代替行動アプローチを洗練させていくことで、逆の問題や症状の維持メカニズムも見えてくるということがあるかもしれませんね。
[横光]そうですね。そのような見方は、事例検討会やワークショップの最後に、講師の先
生がポロッと言ったり、論文や報告書の行間から読み取れたりする情報に留まっていたように思います。それらを言語化できないかと思って、本書を編集しました。そのため依存に関連する代替行動アプローチの事例集といった構成になっています。読者の皆様には、リアルなワークショップ体験をしていただければ良いかと思ったわけです。
[下山]わかりました。御本では、最初の「はじめに」において「代替行動アプローチとは何か」が簡単にまとめられていますが、その後の章は、いずれも事例報告となっていますね。要するに、読者に事例検討会や研修会に参加してさまざまな代替行動アプローチを経験してもらうことが、御本の目的だったんですね。
[横光]そうです。
7.行動療法と応用行動分析の違いにも注目する
[下山]なるほど、そのような意図で編集された御本なんですね。そうなると、御本でさまざまな代替行動アプローチの事例報告を読んだ読者は、改めて「代替行動アプローチって何だ?」を知りたいと思うでしょう。今回の横光先生と田中恒彦先生の代替行動アプローチの研修会は、まさにそのような読者の方にとっては、とても役立つ企画となりますね。
さらに、11月19日に開催される入江智也先生の「中高生のゲーム問題に対する家族コミュニケーション」事例と、谷口敏淳先生の「自傷行為(リストカット)」の事例の事例検討会によって、「代替行動アプローチ」についての実践的理解を深めることができますね。
[横光]多くの人は、行動分析学の観点から代替行動を理解しているのではないかと思います。そこでは機能が重視されます。それに対して私は、行動療法を基盤として代替行動を理解しています。ただ、実践の中では刺激統制といった行動療法の言葉は使わなくて、「生活スタイルを変えていきましょう」といった表現を使います。
[下山]ご著書の「はじめに」において、行動療法が、代替行動を「問題行動を減らすために身につけさせる新たな行動」と定義しているのに対して、行動分析学では、「同じ目的(機能)が期待できる、より受け入れやすい行動」と定義していますね。この違いは、非常に興味深いですね。
8.みんなの代替行動アプローチ
[下山]行動分析学の代替行動アプローチは、同じ機能を持った行動であっても、依存とは異なる行動を例外的にやっていたら、それを強化していくという点で解決志向アプローチに近いのではないかと思ったりします。
実際に御本の「はじめに」において「うまくいっているなら、変えようとするな。もし一度やって、うまくいったならば、またそれをせよ。もしうまくいってないのであれば、違うことをせよ」という解決志向アプローチの中心哲学を引用した上で、「違うことをせよというのは、まさに代替行動を成立させることそのものを指す」と指摘されています。
このように代替行動アプローチは、行動療法や応用行動分析とは異なる方法とも重なる面もあります。そのような点もとても興味深いですね。
[横光]はい。代替行動アプローチは、そのような広がりを持つ、可能性に満ちた方法です。田中恒彦先生と私が役割分担して代替行動アプローチの方法をわかりやすく解説します。行動療法や行動分析学の知識や経験がなくても理解できるように基本的な説明を含めますので、多くの方にご参加いただきたく思っています。
[下山]カウンセリング、精神分析、認知行動療法、ブリーフセラピーなどの学派といった枠組みを超えて、現代社会で大きなテーマとなっている依存の問題に取り組む方法を検討し、そこに共通する要素を発見できる研修会になりそうです。さまざまな心理職が協力して代替行動アプローチを発展させていく出発点となる研修会にしていけたら良いですね。その点でも多くの皆様の参加を期待しています。
■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)