42-2.春よ来い!iNEXT早春研修会ご案内
注目新刊本「著者」対話講習会
1.心理職の自由で柔軟な発想に向けて
現代社会は、AIやロボットなどの技術発展によって社会のあり方が大きく変化しています。それにともなって人間が担う仕事や業務の内容も変わっていきます。このような変化の時代にあっては、心理職においても社会の変化に対応できる多様性や柔軟性が重視され、イノベイティブ(革新的)な発想と活動が求められます。
ところが、現在の日本の心理職にとって重要課題となっている公認心理師制度の普及や定着にあっては、このような多様性や柔軟性への配慮はあまりされていません。むしろ、公認心理師制度では、制度に関連する方針や政策に一律に従う“統一性”や“管理体制”が重視される傾向があるように思われます。
そこで、2024年の臨床心理iNEXTでは、心理職が自由で柔軟な発想と活動を維持し、専門性と主体性を発展させるために、公認心理師制度では見逃され易い重要なテーマを意識的に取り上げ、斬新な活動を企画することとしました。
2.とりあえず早春(2〜3月)のiNEXT企画のご紹介
とりあえず、早春(2〜3月)企画をご紹介します。いずれもオンデマンド配信を準備しております。その後に、各主要テーマの内容と、関連する研修会の予定を説明します。
3.2024年の臨床心理iNEXTの主要テーマ
臨床心理iNEXTは、今年も皆様と一緒に心理職の発展に向けての学びを深めていきます。具体的には、下記の3つのテーマを重点課題として心理職及び心理職を目指す学生の皆様の学習と技能の向上を応援するさまざまな企画を開催していきます。
これらの3つの主要テーマの学びを通して心理職の専門性と主体性を発展させることを最終目的としています。また、学びの方法については、これまでの「動画教材」と「研修会」による学習だけでなく、昨年後半よりスタートした「iCommunityでの情報共有や意見交換」と「対話集会」を加えて学習を深め、実践技能の向上を推進する活動を積極的に展開します。
4.多様性の尊重と推進
このテーマでは、LGBTQIA+や発達障害の過剰適応、さらにはヤングケアラーが主な課題となります。日本においては多様性の抑圧がさまざまなメンタル不調を引き起こしています。
さらに公認心理師制度自体が管理主義傾向を強めている側面もあります。心理職がそれに従った場合、心理支援において多様性を否定して管理的対応をして、多様性の抑圧に加担する危険性も出てきます。例えば適応を過度に重視した、安易な認知行動療法の適用なども出てくるかもしれません。
世界では新しい時代に向けてイノベーションが進み、そのための自己主張や革新力が重視されています。ところが、日本の社会では、他者や集団の期待を汲み取るための「空気を読む」能力が求められます。さらに他者や集団からそのような「空気を読む」ことを求められる「同調圧力」もあります。相変わらず旧世代の管理主義が横行しています。
そこで、研修会、対話集会、事例検討会、コミュニティなどを通して多様性を尊重し、心理職が多様性を推進するための考え方や方法を学びます。LGBTQIA+については、みたらし加奈先生、柘植道子先生、発達障害の過剰適応については糸井岳史先生、高岡佑壮先生、最新の発達障害支援については井澗知美先生、ヤングケアラーについては澁谷智子先生に講師をお願いしているところです。
5.日本文化に即した多様な心理支援の探求
日本文化の特徴とも言える同調圧力は、学校や会社、役所といった組織で色濃く残っています。日本人は、そのような同調文化の中で「建前と本音」を使い分けながら生きてきました。
そのような風潮の中でLGBTQIA+や発達障害のような個性のある人やマイノリティの人は、適応を求められ、息苦しくなり、集団や組織に押しつぶされ、メンタル不調となります。また、家族の期待に応えるためにヤングケアラーも生じます。その結果、過剰適応によって自分を見失ったり、自分を殺したりすることも生じています。日本では、世界でも珍しいASDの過剰適応の問題も起きています※)。
※)https://note.com/inext/n/n8c0d641df88b
このような社会の同調圧力や管理主義と関連して心理職ワールドでも、公認心理師制度の影の側面として管理主義が見え隠れしています。その背景には医師中心の医学モデルのヒエラルキーや行政の官僚支配の構造が存在しています。
まず、心理職自身が過剰適応をせずに、個性や多様性を認め、推進する学習をすることが必要となっています。公認心理師制度の法定研修会については、三國牧子先生などの大学教員とも連携して対話研修会をシリーズで開催していきたいと考えています。
6.脅威―安心モデルに基づく心理支援の構築
近年では、精神医学の診断は問題を“個人化”しており、環境との相互作用を排除しているとの批判がなされ、その限界も指摘されています※)。また、心理療法も、個人の心の内省を重視するあまり、あるいは個人の社会への適応を重視するあまり、環境との相互作用を見失いがちであるとの批判も起きています。
※1)https://note.com/inext/n/n83a756d371b4
https://note.com/inext/n/ndbe89ac57b89
このような批判に基づいて、メンタル不調を環境からの脅威に対する反応として捉えた上で、どのように安心をもたらすのかを問題理解や心理支援の基本に据える「脅威−安心モデル」が提案されています。ちなみに、近年注目されているコンパッション・フォーカスト・セラピーは、仏教思想に基づき、脅威に対して安心を得るためにコンパッションの必要を説いています※2)。
※2)https://note.com/inext/n/nf9b02164581c
日本の精神医療では、世界でも突出して医学モデルが強く、医師中心のヒエラルキーが世界的遺産のように残存しています。日本のDSMの翻訳本のタイトルでは、「Mental disorder」を「精神疾患」と訳しています。原書では旧来の医学モデルの疾病概念を排除するために「disease」ではなく、「disorder」が用いられています。それにもかかわらず、邦訳では、(敢えて)「disorder」を「精神疾患」と訳す、誤訳と思えるほどの意訳がされたともいわれています。このことからも、日本における旧来の医学モデルの影響力の強さが窺えます。
世界においては、医学モデルから社会モデルへのメンタルケア・サービスの変更が進んでいます。しかし、日本では、旧式の医学モデルがほぼ完全な姿で残っているため、脅威−安心モデルの普及は、重要な課題となっています。そこで臨床心理iNEXTでは、脅威−安心モデルに関連するテーマを積極的に取り上げていきます。複雑性PTSDについては、原田誠一先生、大谷彰先生、コンパッション・セラピーについては中野美奈先生、ポリヴェーガル理論については花丘ちぐさ先生に講師をお願いしているところです。
7.個人モデルによる問題理解の限界
精神医学だけでなく、心理療法のモデルも西欧社会の近代化に伴う個人主義の成立と関連して提起されたものです。西欧社会の近代化において個人の「心」を措定し、その病理として診断体系が形成されました。心理療法も個人の「心」の問題を取り上げて、心の内面を内省し、その変容を目指すモデルです。いずれも、外界である環境から独立した個人の「心」が措定されています。
近年になって、このような個人モデルの限界だけでなく、弊害も指摘されるようになっています。高度の情報社会である現代では、人々は環境から多量の情報を浴びて生きています。現代人は、情報を介して環境から強い影響を受け、環境と一体になって生活しています。したがって、現代社会にあっては、問題を個人の心のモデルでは理解できない事態がそこかしこに生じています。ゲーム依存などは、そのような現代的な問題のあり方を象徴的に示しています※)
※)https://note.com/inext/n/nae25e8a87cd0
ところが、医学モデルに基づく精神科診断は、問題を個人の医学的な病気として“個人化”し、その原因を個人に還元してしまいます。さらに、その個人化においては、身体病とのアナロジーで身体因仮説を前提とし、薬物治療を優先しがちです。そのような医学モデルが、過剰診断や、薬物の多剤大量投与といった2次的問題も起こしています。
日本では、このような旧式の医学モデルの弊害が、今でも顕著に見られます。そのため、医学モデルに替わるものとして、脅威―安心モデルに基づく心理支援の構築は心理職にとって重要なテーマとなっているわけです。
8.学生や若手心理職の学習支援
公認心理師の「到達目標」は、日本の修士課程の院生には無茶苦茶高いゴールです。公認心理師の有資格者であっても、知識としてではなく、実践として到達目標を使いこなしている心理職は皆無であると思います。少なくても私(下山)はできません。そのような高いゴールを到達目標として求める結果、修士課程の詰め込み教育になります。
詰め込み教育は、学生が本来学ぶべき基本技能の教育が疎かになることに帰結します。しかし、問題はそれだけではありません。2024年から公認心理師は、修士課程修了前の3月に国家試験、そして4月には就職というスケジュールになりました。これは、医師、薬剤師、保健師、看護師といった医療職の養成スケジュールに準じたものです。
心理職と医療職は、教育内容も就職プロセスも全く異なっています。それにもかかわらず、医療職に準じた養成プロセスを求めることは、修了前の試験合格が優先され、修論研究などが疎かになるだけでなく、学生や若手心理職が迷いながらも自らの進路を選ぶ主体性を奪うことにもなります。結果として、与えられた到達目標やスケジュールに従うだけの公認心理師を教育する危険性が出てきます。
そこで臨床心理iNEXTでは、学生や若手心理職の学習支援や基本技能の向上を支援する研修会を開催します。それとともに公認心理師制度の法定研修会のあり方を検討する意見交換会を企画します。公認心理師試験に加えて、大学院試験や公務員試験などの進路を含めた学生支援については宮川純先生、さらには受験予備校の河合塾KALSと連携します。法定研修会の検討や基本技能の学習支援については、三國牧子先生など、公認心理師の養成に関わる教員の協力を得て企画していきます。
9.心理職の専門性と主体性を維持、発展させるために
私は、ケース・フォーミュレーションを専門としており、その実践を多くの現場で見聞きしています。しかし、ケース・フォーミュレーションを使いこなしている現場は寡聞にして知りません。それなのに到達目標では、アセスメントとケース・フォーミュレーションを公認心理師の基本技能として学生に習得を求めています。
学生は、授業における高度な到達目標の学習以外にも、学内外の実習の準備をしなくてはならない、修士論文の研究や執筆をこなされなければならない、就活もしなくてはならないというように課題をこなすだけで大変で、自分で考えたり、迷っていたりする余裕は無くなってきています。
心理職の就職プロセスは、医療職のように関連病院のような就職先が確保されているところはほとんどありません。リクルートプロセスが組織化されておらず、個人の努力やツテに依存する混沌とした状況です。しかも、学生は、5分野の中から自分に適した進路を選んでいくことが求められます。国家資格となったことで就職先は以前よりも増えているようですが、雇用条件は非常勤が多く、しかも低賃金であり、下請け的な仕事が多い職場も少なくありません。それにもかかわらず、若手心理職の研修は自前で受けなければならない場合もあります。その結果、公認心理師の人気は下がり気味のような印象を受けます。
現在の大学教員は誰もが、公認心理師の到達目標を網羅して実践した経験が実際にはないと思われます。そのため、到達目標を実行することの困難さを体験的に理解できていない面があります。また、問題を感じたとしても、公認心理師制度の政策や方針に反対できない雰囲気が醸成されているということもあるかもしれません。
しかし、医療職と心理職の違いがあるのにもかかわらずに、医療職に準じた養成プロセスに従うだけならば、心理職本来の専門性や主体性が損なわれる危険性があります。そのため、臨床心理iNEXTとしては、公認心理師制度に関して、改善すべきことがあれば、しっかりと議論していきたいと考えています。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)
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