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51-1.「発達障害&トラウマ」の重なりを理解し、つながる


特集:発達障害の理解と支援の最前線

小野真樹(愛知県医療療育総合センター中央病院部長)
下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.51-1

注目本「著者」研修会

重なる「発達障害&トラウマ」の理解と支援―理解してつながることから始める―

【日時】11月2日(土)9:00~12:00
【講師】小野真樹先生(愛知県医療療育総合センター中央病院部長)
【参考書】『発達障がいとトラウマ』−理解してつながることから始める支援-(金子書房 小野真樹著)https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b583268.html

申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=7-3b2xSTezo
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=trWzFriasbs
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=CMclijZ7xrE

「メンタルクリニックの実態と心理職の課題」
−「生きづらさ」の医療化と彷徨う「患者」−

【日時】10月26日(土)9:00~12:00
【講師】櫛原克哉先生(東京通信大学講師)
【指定討論】下山晴彦(跡見学園女子大学/臨床心理iNEXT代表)
【注目書】『メンタルクリニックの社会学 』−雑居する精神医療とこころを診てもらう人々− (青土社 櫛原克哉)
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3702

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料):https://select-type.com/ev/?ev=4kD3M3fLbZc
[iNEXT有料会員以外・一般](1000円) :https://select-type.com/ev/?ev=YNDAVaSy9NU
[オンデマンド視聴のみ](1500円) : https://select-type.com/ev/?ev=A32tsvyjzY4

1.   「発達障害」と「トラウマ」の重なり

今回のテーマは、「発達障害」と「トラウマ」の両者の重なりです。発達障害があれば、子育てが難しくなり、保護者は対応に苦慮し、厳しい躾や暴力で対処して虐待が起きやすくなることがあります。また、虐待などのトラウマを受けた子どもは、愛着(アタッチメント)不全やトラウマ反応によって発達障害に類似する臨床像を示すことが生じます。

さらに発達障害をきっかけに、児童思春期に「いじめ」などを受けやすく、トラウマ経験が重なることがしばしばあります。そのため、「発達障害」と「トラウマ」が重なり合う、複雑な関係が生じます。しかも、発達障害とトラウマでは、いずれも自己組織化障害(Disturbance of Self-Organization:DSO)が生じ、環境との関連でさまざまな2次的な精神症状を引き起こします※)。
※)https://note.com/inext/n/n6b6c8ab36593

その結果、発達障害やトラウマの2次障害を誤って原発性の精神症状と診断しがちです。また、発達障害やトラウマの問題は、その人が置かれた環境の影響によって問題の現れ方が変化するので、それに伴って診断も変わることになり、精神科や心療内科における発達障害関連の診断の不安定性が生じています。


2.   発達障害とトラウマに関する診断の不安定性

発達障害やトラウマを巡って過剰診断や診断の不安定性が多くなっている要因としては、医師が一人の患者さんに割ける診療時間の短さがあります。発達障害やトラウマの問題は、精神科症状の背後にある生活状況や生活史を丁寧に聴き取る必要があります。しかし、今の医療にはその余裕がありません。5分診療では、とても把握できません。

それに加えて発達障害やトラウマのように問題がスペクトラムとして生じる事象については、現行の精神科診断のカテゴリー分類では把握できないというという本質的な限界もあると思われます※)。医学モデルに基づく診断と治療では、発達障害やトラウマの問題の本質を理解し、支援するのが難しいのです。
※)https://note.com/inext/n/n32758b61b12a

そこで、今回の研修会では、愛知県医療療育総合センター中央病院で部長として子どもの発達障害とトラウマの支援の最前線で仕事をされている小野真樹先生を講師にお迎えし、当事者が抱えている「困りごと」について、神経生物学的知見も含めてその背景を踏まえて発達障害とトラウマが複雑に相互作用するメカニズムを解説していただきます。

以下に、臨床心理iNEXT代表の下山が、研修会に向けて小野先生にインタビューをした記録を掲載します。発達障害やトラウマに関連する、多くの皆様の参加を期待しております。


3. 理解してつながることから始まる支援とは

【下山】ご著書「発達障がいとトラウマ−理解してつながることから始める支援−」(金子書房)は、とても密度の濃い内容になっていることに感銘を受け、研修会をお願いしました。発達障害やトラウマの問題に関わってきた、多くの精神科医や心理職が気づいていたけれども、正面切って扱わなかったテーマを取り上げていますね。特に第一部「理論編:発達障がいとトラウマの相互作用を理解する」では、両者の複雑な相互作用を多面的に捉えて解説されていますね。しかも、現実に起きたことをそのまま見ようとしておられると感じました。

あくまでも現実から出発して、発達障害とトラウマに関連する最新の理論や知見を駆使しながら問題の成り立ちを明らかにされています。問題を理解するために、脳科学、ストレスの生理学、トラウマ研究、ポリヴェーガル理論、情動理論、アタッチメント研究、行動分析学、発達科学などの最新研究の成果が系統的に取り上げられ、実例なども盛り込みながらわかりやすく解説されています。

このような最新の理論や知見が盛り込まれていますが、そこには「(問題を)理解してつながることから始まる支援」という、一貫したビジョンがあり、それを軸として全体が統一的に記述されています。これまでは、それぞれがバラバラと提示されていた「発達障害」や「トラウマ」、「発達性トラウマ障害」、「発達性トラウマ」といった概念を統一的に理解する枠組みが提示されています。また、問題の総合的理解に向けてトラウマの脳科学や行動分析学、愛着理論やポリヴェーガル理論などの最新知見が、それぞれの重なりとつながりも含めて体系的に解説されています。


4. 発達障害とトラウマの複雑な相互作用を理解する

【下山】御本を拝読し、「神経発達症」と「心的外傷及びストレス関連症」といった、診断分類の個別カテゴリーで物事を理解する発想を超えた問題理解の形があると感じました。このような問題理解のあり方は、現場の最前線でお仕事をされている小野先生にとっては、現場感覚から当たり前のことなのだろうと思ったりしています。まずは、そのような現場での経験も含めて、なぜ御本を執筆されたのかをお聞かせいただけたらと思います。

【小野】「トラウマをどのように扱うのか」に関して同僚の医師などとの間で議論がありました。意見が全然違うんですよね。議論している中で、自分なりに勉強して「こうなんだ」ということを示してみようと思いました。そして、「多分こういうことなんだ」ということが、ふと見えてきました。そのようなことを書いている本は他に無かったので、自分で本を書いてみようと思ったのがきっかけです。

それは、愛知県医療療育総合センターのリニューアルがスタートする時期でした。それまでは発達障害の強度行動障害の人などを主に診ていたのが、虐待やトラウマ系も診療対象として追加され、そのための病棟をこれから立ち上げていく時期だったのです。新しい病院を立ち上げると同時に、実際に子どもたちを入院させてトラウマも含めて診ていくことになったわけです。

そのような現場では、色々と学んできた知識をチームで共有してやっていかないといけないわけです。何を軸にして臨床をやっていくのかがはっきりしていないとバラバラになります。ある人は応用行動分析に傾倒し、他の人はEMDRをバリバリとやっているのでは、チームとしてまとまらないですね。応用行動分析をやっている人たちは、発達障害に深く関わるけれども、トラウマという概念を持ち込みたがらない。逆にトラウマをやっている人たちは、実証主義とは異なる、少し神秘的なものを取り入れようとしたりします。

【下山】そうですね。精神分析系ですと愛着の理論も出てきますね。


5. 「絆」と「枠」を統合して支援チームを作る

【下山】そこで第二部「実践編:日常生活のなかでもできる治療的関わり」では、個別理論を超えて支援の基本となる「理解してつながること」が具体的に示されますね。

【小野】それぞれの理論だけでは相入れないんです。でも、各理論の根っこを見ていくとつながっているところがあります。自分はそこを理解することに興味がありました、主義主張をするのではなく、現場で役に立つものにしなければと考えました。それで、「理解してつながることから始める支援」となったわけです。

「つながる」ことに関しては、「つながること」「枠を持つこと」は、相反する概念のように思われます。実際に「つながりを求める人」「(枠を設定して)制限したがる人」がいて、すぐ争いになります。しかし、両者は関連性があって、支援の実践においては両方とも必要なのです。ただし、問題全体のメカニズムが分かってないと、両者の関連性が見えないのですぐ争いになります。マッチングができずに、一緒に働けなくなります。特に患者さんがいろんなことやらかしたりしていると、そのようなチームワークの問題が出てきます。

【下山】私が最初に先生のご著書は「密度が濃い」と言ったのは、そこなんです。脳科学や行動分析学、最新のトラウマ研究の知見や愛着理論、さらにポリヴェーガル理論などを総合して「発達障害とトラウマの相互作用に通底する問題全体のメカニズム」を提案されておられます。

しかも、そのメカニズムに基づいて「問題を理解してつながる支援」の方法を提示しておられます。そこでは、具体例を通して「絆」と「枠」、「受容」と「制限」の両者がともに必要となることを解説されていますね。一見バラバラ、あるいは矛盾する事柄をつなぎ、問題を全体として理解し、チームで支援する枠組みを、具体的に提案されています

【小野】そうなんですよ。自分の得意分野に固執して、僕は「トラウマの人です」とか、「分析の人です」とか、「行動理論の人です」と言っていたら、バラバラになるだけです。そうではなくて、それぞれが得意分野の持ち味を生かすことができるチームを組み、臨床で診ている患者さんに役に立つことをしていきたいという気持ちがありました。それで、本を書いたということがあります。


6. 日本の発達障害とトラウマの支援の現状について

【下山】先生のお考えは、よくわかりました。ただ、日本全体で言うならば、それぞれの方法を統合してチームを組んで治療をする体制になっている機関は、まだまだ少ないのが現実だと思います。

発達障害については、過剰診断の問題が指摘されています。また、いわゆる「発達性トラウマ障害」や「発達性トラウマ」のケースを誤って発達障害と診断している場合も少なからずあるように思います。さらに、曖昧な「発達障害の疑い」という診断がなされ、それがその後に「発達障害」として一人歩きしていく場合もあるように思います。結局、「発達障害」と「トラウマ」の相互作用については曖昧なまま、診断と治療が進んでいると思います。

その一方でPTSDや複雑性PTSDの診断基準、特に出来事基準は非常に厳しいので、診断としてトラウマを取り上げることは難しく、治療においてトラウマは見逃されやすくなっています。結局、現場では、トラウマに関しては、かなり混乱しつつ治療や支援が行われているように思います。

【小野】そうなんですけどね、結局、トラウマと発達障害をまとめすぎると何もなくなってしまうところもあります。

【下山】もちろん独立した発達障害だけのケースもあれば、トラウマだけのケースもあるでしょう。しかし、実際には、両者の間にはかなりの相互性があるケースが多いように思います。どちらが先か分からないというケースが、実際多いのが現実ではないかと思います。発達障害の診断やトラウマの理解が混乱しているのは、そこの相互作用をしっかりと取り上げていないから混乱しているという面があるのではないでしょうか。両者を別個に考えることの問題性はないのでしょうか。

【小野】それは、そうです。発達障害とトラウマの関連性は、ディメンジョナルモデルに基づいて組み合わせて、レーダーチャートとして理解していけば、「これだな」とわかります。しかし、現行の診断のカテゴリーに当て嵌めて理解しようとすると、どちらの分類にも入らないということになります。


7. 医学的診断のカテゴリーモデルでは理解が難しい

【下山】まさに私もそこに関心があります。御本の中では、ディメンジョナルモデルのことまでは書かれていませんでした。でも、先生の発想は、将来ディメンジョナルモデルに進む議論であると思いました。その点でわかりやすく書かれていますが、実は高度なことが書かれていると思います。本当は難しいことが書かれていると感じました。というのは、医学の診断を学ぶと、カテゴリカルモデルが頭に染み込んでしまいます。そうなると、診断ごとに区別して問題を理解する認知スタイルとなります。そのような認知スタイルだと、御本で先生が書かれていることを追えないということがあるかと思います。

【小野】そうかもしれないですね。ただ、ディメンジョナルモデルに突っ込むと、もう文章にならなくなっちゃいますよね。

【下山】先生がディメンジョナルモデルで理解していることをカテゴリカルモデルでもわかるように書かれているのが、御本の内容だと思います。わかりやすいけど、難しい。

【小野】簡単にしたかったんですけどね。

【下山】分かりやすいんですよ。細部に拘らずに読むとするっと読めます。特に後半は読めます。事例も出ているし、後半の中に、前半の理論が上手に組み込まれていますし、説明も入っています。

【小野】すごい詳しく読んでいただきましたね。ありがとうございます。

【下山】先生は色々な考えを編み込んで御本を書かれていると思いました。拝読して先生のご努力が伝わってきます。私の印象では、その内容は、医療の枠組みを超えていると感じました。理解の仕方もカテゴリカルな分類ではなくて、医学的な枠組みを超えて愛着なども含めた人間的な“つながり”を扱っておられます。

だからこそ、薬物療法とは異なる支援の仕方を重視されており、家族への対応も取り上げられています。そうなると、本当にチームで支援をしなければいけなくなります。だからこそ、多職種の皆さんが役割分担して支援をしていく内容となっていると思いました。


8. 困難事例における過去のトラウマの扱い方

【小野】本を出版したのが、コロナの始まった後で2021年でした。当時は、「自分はどのように支援をするのか」という、自分への教科書でした。しかし、その後、変化がありました。実際にいろんな症例で苦労して、理論通りにいかないことを経験しました。それだけでなく、本を出した当時は、「皆さん、トラウマをちゃんと見てない」と思っていましたが、最近では多くの人が「トラウマ、トラウマ」と言うようになりました。そして、トラウマを受けた過去を扱おうとする変化も起きてきています。

それに対して僕は、過去を扱うことも大切ですが、現在では困難事例では現在を整えていくことの方が優先度は高いと考えるようになっています。現在を扱いながら、過去にちょっと目を向けるくらいの匙加減がちょうど良い。そのように最近は感じています。

【下山】トラウマのある発達障害の場合、過去にちょっと目をむけるだけだと、トラウマを見落として誤った介入になることはないでしょうか。

【小野】発達障害については、トラウマが由来で発達障害類似の問題が起きますね。例えば愛着障害です。愛着障害には、脱抑制型と抑制型があります。結局、脱抑制型にしても抑制型にしても、適切な対人関係によって自分の感情をコントロールするための過程に“つながり”を活用することが育っていないということです。そのことによって発生するのはコミュニケーションの不安であり、結果としてコミュニケーションの失敗が起きます。

その点については結構いろんな議論があります。それが後天的に発生したのか、あるいは生来的に発達障害があり、それに環境因が重なってそうなっているのかという議論です。原因論はともかく、バイオロジカルな意味でコミュニケーションをうまく処理する機能が備わらない状態になると、結果として発達障害みたいなことが起きます。愛着の問題があったとしても、発達障害的な、特にASD的な問題やADHD的な問題も起きたりします。それに対応するときに、原因はともかく、発達障害の一つだと考えたほうが、子どもの場合はやりやすいと思っています。


9. 成長が最強の治療薬である

【小野】最近は、トラウマという文脈ではなく、愛着の発達とコミュニケーションの発達は、同じことを別の言葉で言っているだけと思っています。愛着という言葉を使うと、過去の色々な母子関係とかが連想されてきます。発達障害と言えば、生まれつきの特性ということはありますが、結局同じことが起きているような気がします。

それを発達のコンテクストの中で支援をしていく。その人が過去にネグレクトを経験していてそうなった場合も、元々発達障害であった場合でも、適応的なコミュニケーションの方法や自分の感情をうまく処理する方法などを生活の中で実践していくことを教えるのがすごく大事だと思っています。特に子どもの場合は、それが大切になります。それをクリアしていくことが、色々なトラウマ的な症状も緩和していくことになります。

トラウマ治療には、EMDRやTFCBTなど色々な技法がありますが、最近の自分は「成長が最強の治療薬だ」と考えています。それが、今の自分の中のキーワードです。そうすると、子どもは成長をしっかり保証してあげた方が良いとなります。ただし、その子を育てている親の方は、自身や前の世代でトラウマ経験してたりとかもあったりします。それで、大人の方は、むしろ過去にスポットライトを当ててあげた方が良いという事例が結構多いと思います。

【下山】大人というのは、トラウマ経験のある家族ということですか。

【小野】そうですね。ただ、トラウマ経験のある大人の治療は単純ではないと思っています。過去にターゲットを当ててその人の心を考えていくのが良いのか、あるいは現在を大事にして支援していくかは、その事例の構成のあり方、つまりどのような環境で、どのようなプロセスで今があるかを見立て、「この人にはこれくらいの過去、このくらいの現在を扱う」というレシピを組み立てることが必要となります。そして、このようにしてくださいと提示していくと、チームとして「わかりました。そのようにやりましょう」となって回っていくと、最近は考えています。


10. 日本の発達障害支援の現状をどうするか

【下山】先生の最新の考え方とやり方は理解できました。しかし、日本の多くの現場では、まだまだ発達障害とトラウマの相互関係を前提に扱っていないと思います。発達障害として診てしまうと、「特性だから環境や過去の出来事の影響は考えなくて良いね」となってしまいがちです。多くの現場では、発達障害という診断をして、その子の個人の問題にして差別化し、「やはり特別支援に行くのが良いね」となってしまいます。環境の影響を取り上げないことの問題は深刻だと思いますが、いかがでしょうか。

【小野】「発達は環境なのか特性なのか」といった論争や、「発達障害は特性だから環境は関係ない」といった意見は、自分にとっては昔の話です。発達は環境との相互作用は当たり前のことなので、僕にとってはそんな議論をやっている暇はないという感じですね。

【下山】確かに、最前線の現場でチャレンジをしている先生の「そんなことに関わっている暇はない」というお気持ちはわかります。しかし、現実には「発達障害は特性だから環境は関係ない」という判断で発達障害を診ている人が大勢いるんですよ。

【小野】そのようなことは、専門家の僕らが一生懸命議論しているだけであってね。当事者の人たちには、そのようなことに興味ないんですよ。実際の現場で患者さんが来た時に、患者さんはそんなこと全然分かんないですね。とりあえず、今ある問題を何とかしてほしいわけですよ。

【下山】先生のお考えはよくわかります。しかし、そのような先生にとっても当たり前のことを、世の中でも当たり前にしていきたいのです。


11. 問題のどこにスポットライトを当てると出口が見えるか

【下山】多くの心理職は、「発達障害は特性であるけれども、環境の影響は大きい」と分かっています。それは、心理職は発達障害の人を生活場面との関連で理解しているからです。しかし、そのことを明確な言葉で意識していない。だから、そのことを先生のご著書で知ると、「なるほど。発達障害だとしても、環境からの影響は大きいのだ」と思えるのです。環境からの影響で最も強いのがトラウマですね。何でもトラウマにしてはいけないのですが、でも、トラウマの影響は見逃してはいけないと思うのです。

【小野】因果関係の理論としては理解しておくのは重要だと思います。理論的な意味ではね。しかし、臨床場面で実際に支援するときには、「何らかの原因論や関係論を持ち込む」のと「我々がトラウマの概念を知るために過去の影響を知る」のとでは、微妙に違うと思います。我々は、患者さんに説明するわけです。「あなたの、今の状態はどういうことで、こうなっていますよ」と伝えますね。そこで、どのように伝えるかによって、微妙にずれるかなと思います。

僕の本では、理論編と実践編が分かれています。実践編では、実際に患者さんを目の前にした時に、因果関係をどのように見立て、支援を進めていくのが良いのかをテーマとしています。それは、「正しければ良い」というものでもないのです。「あなたの今抱えている問題の、どこにスポットライトを当てると最も出口が見えてくるのか」が重要になります。それは過去なのか現在なのかは分かりません。それを判断していくのが現場の臨床家の責務じゃないかなと思っています。


12. ケースフォーミュレーションを作り、共有する

【下山】それは、現実的なケースフォーミュレーションをしっかり作り、伝えるということですね。

【小野】そうですね。ケースフォーミュレーションですね。ケースフォーミュレーションは、心理職の皆さんはやっているんですね。

【下山】全員がやっているわけではありませんが、私はとても大切であると思っています。本人だけでなく、家族とも共有しながら、みんなが納得できるケースフォーミュレーションを、どのように作っていくかがポイントだと思います。

【小野】そうなんですよね。ケースフォーミュレーションで「このようなことが起きているね」と伝えて、お互いがわかっていくことがすごく大事だと思っています。

【下山】私としては、ケースフォーミュレーションを作り、伝えるためにも、先生がご著書で書かれておられる「理解してつながる」ことがとても大切と思っています。本人とつながることができれば、良い情報が入ってきて理解が深まる。理解ができればお互いに納得してつながりを深めることができる。家族ともつながれば、理解が深まり、さらにつながりが広がる。そのダイナミクスをどう作っていくかですかね。

【小野】そうです。ただ、本を書いて3年経ち、執筆した当時から、自分も少しは進化しているつもりでいます。そのことも含めて研修会ではお話をしたいと思っています。


13. 多職種連携のチームで支援する

【下山】ぜひ、宜しくお願いします。ところで、御本を書かれて出版された影響は何かありますでしょうか。

【小野】この本を書いてよかったのは、本当に仕事がやりやすくなりました。私がどのようなことを考えて臨床しているのかをわかってもらえるようになりました。そのような人が結構増えたんですよ。医者よりも、むしろ心理職の皆さんに注目されているのかもしれません。講演とかを依頼されるのは、心理の先生ばかりなんですよね。

【下山】なるほど。もっと多くの精神科のお医者さんに、本書で書かれていることを共有していただければ、日本でも多職種連携のチームでの支援が、より進むと思うのですが、どうでしょうか。

【小野】どうでしょうか。実際は、多くの現場では3分間診療と言われるような現実になっています。僕も、だいぶ時間をとっている方ですけども、1人10分なんですよ。

【下山】確かにそれが現状ですね。だからこそ、心理職など、発達障害やトラウマに関わる専門職が本書を読んで、チームで役割分担をして臨床活動を充実させていくことが出来ればと思います。

【小野】そうなんですよね。だからそういう目的でこの本は執筆したんです。ただ、チームを作るためには、ちょっと欲張りすぎた内容になっているのかもしれないですね。色々と盛り込み過ぎたかと思っています。本当は、2〜3冊に分けて書けばよかったのかもしれません。

【下山】私は、1冊にまとまっているのでコンパクトで良いと思います。だからこそ、先生には、御本に書かれていることを噛み砕いて多くの皆様に説明していただくように、ぜひお願い致します。

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第51号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.51-1
◇編集長・発行人:下山晴彦

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