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うつ病と、向き合うつらさ





To. YOU



こんにちは、K:Iです。
もし私の他のnoteを読んでくれた方は私がどんな性格か何となくわかったと思いますが(苦笑)面白いと思うことへの興味は尽きない反面、ひねくれていて、頑固で、水瓶座なこともあって気性が荒いのが私です。
小2のときに親の離婚を境に度重なる引っ越しに、色んな困難も経験してきたそんな私でも人生で初めての“うつ病”というものを経験しました。
大変でも毎日が学びばかりで実は一度も私は育児中に苦に感じたり、我が子から離れたいと思ったことはないのですが。
息子が生まれてまだ半年しか経っていない頃。
考え方が昔で止まったままの義両親と自分が納得もせずにほぼ強制的にスタートしてしまった同居生活に、育児で積み重なる体力的な疲労、何より子どもを育てることへのプレッシャー。
そこに重なった誰も経験したことのないあのコロナ渦。
何より、それまで言い争いをしたこともなかった夫と義母が原因で溝を感じるようになってしまったことへの行き場のない怒りと悲しみ…そんなあらゆる負の感情に負けて、暗く深い井戸の奥底に投げ込まれたように心は蝕まれました。



そして、自分に負けていられないと闘争心に再び火がついたきっかけ。
私の場合そのきっかけは、ちいさなひとりの男の子…我が子である息子でした。
体内に授かったときから、今も何かあると息子にかけている言葉でもあり。
妊娠して不安があった自分にも言い聞かせるように目には見えないけどお腹の中で少しづつ成長を感じる息子に「大丈夫だよ」と、私の口癖であるこの言葉を毎日声にする事が妊娠中の日課でした。
でも私が大丈夫じゃなくなっていっそ診断書があれば状況は変えられかもと考えながらも、薬漬けにはなりたくなかったことに、コロナ禍真っ只中で身動きも取れず心の休まる場所がない孤独な闘いに自分をコントロール出来なくなってしまったことでうつ病となって。
ちょっとしたことがきっかけで息子に対して必要以上に感情的に怒ってしまうことも。
気をつけなきゃとわかっていながらもそんなことが次第に増えて、その日は特に取り乱してしまったある日。
そんなとても醜い自分の姿が荒れていた当時の私の母の姿と重なったことで、あのときの思いを私は息子にさせていることに気が付いたことで思い留まりました。
そこから自分の情けなさに泣き崩れて…物凄く怒ってるかと思えば突然泣き始めるというそんな母親の姿を見た息子はさぞ怖かったと思うのですが、息子は離れたり隠れたりすることもなく私の傍にいてくれて。
振り絞ったとても情けない声でたくさん怖い思いさせちゃってごめんねと伝えるとまだ言葉を覚え始めて間もない幼い息子は「だいじょうぶだよ」と、無邪気な笑顔を向けてくれたそんな強さに私も負けていられないと思えたことから自分を変えるための努力が始まります。
夫もまた、それまでの日々追い詰められて壊れ始めていた私を目の当たりにしていたことで私から逃げる選択肢を選ぶのではなく、私と息子のために自分を変えようとしてくれいることを感じれたことで更に私の心は燃えていました。
心を燃やせというと世間でもお馴染み某柱の煉獄さんですが、ぎょろっとした何を考えているかわからない見た目と裏腹に内面は熱く燃えている煉獄さんが私も大好きです。


マンガなネタから繋げて。
何をしても楽しいと思えなくなって無気力になってしまったときには。
今はこうして自己紹介などにも隠さず書いてますが、ただえさえ私は母親らしくないのだからオタク的な趣味から離れてせめて形だけでも世間一般的な母親らしい母親にならなきゃと好きなものを自己否定していた時期もありました。
そんなときのきっかけが、今まさにアニメの方がクライマックスになってきている『チ。』の連載が始まったとき。
すぐに興味を惹かれて先生の初連載作品『ひゃくえむ。』を読んで作品からもその若さはすぐに伝わりましたが、若い漫画家さんの中にもこんなにも面白い人がいるということに魚豊先生から再びマンガの面白さを教わり。
マンガやアニメ、映画など見ることで得られる楽しさは私のモチベーションになるのだから否定したくないと思えるようになりました。


そんなうつ病という心の病。
胸の動悸から始まり、耳や喉にあらゆる症状が出て免疫力ボロボロで、更には月1で熱を出す風邪をひいていたので倒れていられないとわかっていても手を抜けない育児に、部屋が乱れていることも嫌な性格な上に義母に余計な口出しをされたくなくて頑張っていた家事の疲労は体力的にとにかくつらく、苦しかったです。
そんな体のピークに元々あまり吐けない体質で妊娠中つわりで一度も吐いたことなかった私でも驚く程に嘔吐が止まらなくなって、身動きも取れない程の激しい腹痛に襲われた日もありました。
夫との連絡が取れず、そのときは死に物狂いで義両親に助けを求めて病院に連れて行ってもらって点滴を打ったことも。
何よりつらかったのは常にあらゆる“死”を考えていたこと。
必死に生きようとしているからこそ不安という感情を抱くという他の生き物と違う人間のこの感情の複雑さ、ホントむしろ興味深いくらいですよね。
私は、親の離婚は私のせいだと思いたくなかったことから人のせいにするということにどうしても抵抗があったアダルトチルドレンであり、HSPである私は義母に対して強い怒りを抱いてる自分自身に対してとにかく葛藤してたんです。
常に頭の中は蝕まれていて、寝れない夜が何度も何度も続き、やっと寝れても悪夢にうなされ、葛藤する日々は生き地獄のようでした。
後に私は運転免許を取りにいくことになるのですがこのタイミングが少しでも重なっていたらきっと新聞に載るような事故を起こしていたかもしれません(笑)、なんてそんな全く笑えない冗談はさておいて。


きっとこのnoteを読んでくれているアナタは、うつ病を経験済かまさに苦しんでいる最中かもしれません。
私は子どもがいてコロナ渦も重なって強制的に休むことは許されなかったトホホさですが…!☜コロナ渦で変わったように時代は変わって今は休みやすくなったこのご時世。
自分のために何もしないという休日を取ってまずは休むべきです!もとい、休まなきゃダメです。NONO!
そして体を休めて心に余裕が出てきたら、新たに興味が惹かれるものを探したり、社会に出だすと気がついたらしなくなっていた昔好きだったことや、現在進行形の好きなことがあればその好きなことを心を無にして没頭してみてください。
大きなきっかけがなくても、少しずつでも自分のご機嫌を取って重ねていく中で自分の心を再び燃やすきっかけはきっと見つかると思います。
私は昔、あらゆるジャンルのゲームをやり込んだゲーマーだった過去もあるくらい自分の壁にぶつかったときこそ燃えるタチで。
人を怒らすのは簡単で笑わすのは難しく…築いていくのは難しく壊すのは簡単なように、諦めることは簡単でも諦めたらそこがおわりです。
でも逆に簡単過ぎたらそれはそれでつまらなくて飽きちゃいますよね?
綺麗な言葉だけを並べた綺麗事が好きではないひねくれ者な私なので(苦笑)この話から何を伝えたいかは、読んでいて感じた解釈におまかせです。

頑張るアナタに、エールを込めて。






2025.02.20  K:I



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