誰も正しくないし誰も悪ではない。高密度な映画『ありふれた教室』
気になっていた映画『ありふれた教室』が良かったです。
99分とコンパクトなのに密度はぎっしり。誰も正しくないし、誰も悪ではない。それぞれの立場でそれぞれに傷つき、それぞれに動いてそれぞれに悪化する。シンプルな内容とはいえ状況の刻一刻とした変化(悪化)をグラデーション的に見せるのは難しいはずだけど、ダレることなく緊迫感を維持したまま撮りきる手腕がすごい。ラストの対比も鮮やか。
世界的な傾向だと思うのですが、この映画にも明確な悪や敵は登場しません。事件の犯人すら明示されていない。むしろ「起きてしまったこと」のきっかけや責務のひとつとして登場人物たちは描かれる。安全圏で眺めているはずの観客のぼくたちもその一人として。ここ最近観た映画『悪は存在しない』『碁盤斬り』『ありふれた教室』は全てその視点でも語ることができるわけですが、それぞれで扱い方に特徴があって興味深かったです。観終わった後にタイトルを反芻して、「皮肉が効いてるぜ…」と独りごちる映画でした。おすすめです。