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アクセシビリティという概念
早いもので、もうすぐ今年も終わろうとしている。この歳になると新たな分野に食指を動かすという事も少なくなるのだが、私が今年新たに学んだアクセシビリティという概念を紹介してみたい。
大学教員という立場もあって、教育や管理の観点から必要な事を学ぶ機会は多いのだが、今年はアクセシビリティについての講座を受けた。私という人間は基本的に研究や科学以外に興味が無いのだが、他方でいざ触れてみると色々な事を考えるのも好きな性質であり、思いの外に実業務での応用も効いたという経験をしたので紹介してみたい。
「アクセシビリティ」という言葉は、あらゆる製品やサービス、情報、環境など「何か」にアクセスする際の「アクセスの容易さ」や「アクセスが可能かどうか」を意味する。非常に広い意味で、「何か」を利用しやすい(しにくい)時に「アクセシビリティが高い(低い)」といった表現が用いられ、その原因となり得る各種多様性(年齢、性別、国籍、体質など)を考慮する事は、多様化が進む現代社会において重要な考え方となっている。つまり、健常者には普通に使える物や通路、情報などであっても、高齢者や障がい者にとっては利用しにくいといった場合が往々にして考えられる。また、使用言語の違いによって情報へのアクセス難易度が変わるというのは我々が日常経験する困難だと思う。その様なあらゆる問題に対してアクセシビリティの概念を適用する事が重要なのである。
上記の内容を読めば感じる事と思うが、多くの人にとっては意識せずとも理解している概念だろう。私自身も、「当たり前の内容が多い」と思いながら受講していた。一方で、アクセシビリティを高くすればよいという単純な話ではない事も学ばされた。社会通念上、アクセシビリティを低くする事が必要なケースが存在するのだ。それは例えば感染対策などに代表される、想定リスクに関連した移動制限や輸出制限、悪影響を及ぼす情報に対するアクセス制限などである。アクセシビリティという大きな概念を理解した上で、個別の要素について再認識する事で、あらゆる事象に対して、考察の精度や他者への説得力を向上させられると感じた。
また、アクセシビリティを改善するための具体的な対応については学ぶ点も多く、実際に自分がアクセス困難者の立場と自覚した場合に利用出来る事も多いと気付かされたのは貴重な経験であった。普段、自分がアクセスに困っておらず、使う事が無い道具や制度については今回初めて学ぶ事も多かった。特定の疾患に関するアクセシビリティについて(食物アレルギーでは特定の食品が食べられない、など)は職業柄詳しい事も多いのだが、介護制度や労働規制、ライフスキルなどの課題については勉強になる事も多かった。アクセシビリティを構成する要素の一つである、ユニバーサルデザインやユーザビリティといった概念についても、具体的な内容を把握する事で研究のプレゼンテーションやWebページの作製などに応用ができると感じた。他にも、既にご存知の方も多いだろうが、音声認識などのデジタル機器に関するアクセシビリティ向上機能については、実際に利用すると便利なものも多いと感じた。
現在の業務で個人的に利用を始めたアクセシビリティ機能がWeb会議の字幕表示である。これは言うまでもなく聴覚に関するアクセシビリティを向上させる機能であるが、私は今までこれを利用する事を考えた事も無かったし、その意識が無かったので、そもそも存在を知らなかった。だが、上記の通りアクセシビリティという概念を学び、同時に「言語の違い」もアクセシビリティの低さに繋がるという考え方を獲得し、そしてアクセシビリティ向上のための具体的方策としての字幕機能の存在を学んだ。その結果、母国語ではない言語(私の場合は英語)に関して、字幕機能を利用する事でリスニングの補助に繋がり、よりスムーズな会議が行えるという可能性に思い至ったのだ。
私が利用を始めたのは、英語の発声をそのまま英語字幕で表示する基本的な機能である。恐らく翻訳の機能を利用する事も可能なのだろうが、タイムラグや翻訳の精度、また利用料金といった問題が発生する。私自身、英語能力そのものは普通に会話が可能なレベルであり、あくまでリスニングの補助ツールとして字幕機能を利用したいという目的であったため、この利用法が丁度良かった。と言うのも、ひとことで英語と言っても国や地方、個人の癖などで(私の様な中間レベルの人間にとっては)聞き取りやすさが大きく異なる。字幕機能はその様な発音の差異を概ねカバーして表示してくれるため、補助ツールとして非常に重宝する事になった。翻訳と異なり、リアルタイムで高精度な発声の視覚化が可能であり、想像以上の性能だと感じた。思い付いてしまえば大したアイデアではないと思うし、既に当たり前に利用していた方も多いと思う。だが私にとっては、この利用法を始める事が出来たのはアクセシビリティという概念を学び、アクセシビリティに関する機能についての知識を得て、自身もアクセス困難者となるケースがあるという事を自覚したおかげであった。提供側の立場としてアクセシビリティを意識する事はもちろんだが、利用側の立場としてもアクセシビリティを考える事で、皆さんの仕事や生活がより良くなるかも知れない。
普段馴染みの無い分野や概念についても、新しく学んでみる事の重要性に改めて気付かされた一年であった。