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ニューアカデミズムの現在地とその問題点・批判


1980年代に日本で隆盛したニューアカデミズム(ニューアカ)は、ポストモダニズムの影響を受けながら、文学・哲学・建築・美術・批評の領域を横断する知的運動として展開されました。しかし、1990年代以降の社会・文化の変化に伴い、その意義や影響力は大きく変容しました。以下では、ニューアカの現在地とその問題点・批判を整理し、今日の知的状況との関係を考察します。


1. ニューアカデミズムの現在地

ニューアカデミズムの中心人物である浅田彰、柄谷行人、磯崎新、岡崎乾二郎らの影響は、1990年代以降も続いているものの、その役割や位置づけは大きく変化しています。

(1) 90年代以降の批評空間の変化

  • 1980年代のニューアカは、ポストモダン思想の紹介とともに、知的遊戯的な側面を持ちながらも、文化・芸術・社会に対して批評的な視座を提供した。

  • しかし、1990年代以降、ポストモダン理論の流行が下火になるとともに、ニューアカ的なスタイルも急速に衰退。

  • 1995年のオウム真理教事件以降、ポストモダニズムの相対主義が社会の不安定性を助長したとの批判が強まり、知識人の役割が問い直された。

(2) インターネット時代における批評の変容

  • 2000年代に入り、東浩紀の「動物化するポストモダン」(2001)が登場し、ニューアカが前提としていた「知的遊撃的批評」の枠組みが崩れた。

  • 東は、情報社会の到来により、ポストモダン的な知性は「動物化(消費者的・欲望的な快楽の追求)」し、批評が成り立たなくなったと主張。

  • 批評の場が書籍や雑誌から、ブログ、SNSへと移行し、ニューアカ的なスタイルの「知的遊戯」は、ネット社会では過去のものと化した。

(3) 文化・芸術の中でのニューアカの影響

  • 岡崎乾二郎の理論は、美術の世界では一定の影響を維持しており、「抽象の力」(2018)などの著作を通じて、絵画と批評の関係を再考する動きが続いている。

  • しかし、ニューアカ的な批評が美術界の中核を担っているとは言い難く、むしろより実践的なキュレーションやアートマネジメントが重視されるようになった。


2. ニューアカデミズムの問題点と批判

ニューアカデミズムは、80年代において知的文化の刷新をもたらしたが、その後、様々な批判に晒された。その主な問題点を以下に整理する。

(1) エリート主義と知的遊戯への傾斜

  • ニューアカの最大の特徴である「知的遊撃戦」は、一部のインテリ層の間でのみ機能するものであり、大衆的な知の形成には結びつかなかった。

  • 浅田彰の『構造と力』は、日本の大学生の間でベストセラーとなったが、その内容は哲学的な引用とレトリックに満ちており、知的エリートの自己満足に終わったとの批判がある。

  • 1980年代後半には、「ニューアカ的な知性はファッションであり、深い社会的実践に結びついていない」という批判がなされた。

(2) 現実政治との乖離

  • 柄谷行人は、『トランスクリティーク』(2001)でマルクスとカントを接続する独自の批評を展開したが、その理論が具体的な社会変革へと結びついたわけではない。

  • 90年代以降、グローバリズムと新自由主義の進展により、ポストモダン批評の「脱構築」の態度はむしろ空虚に映るようになった。

  • 柄谷は政治運動「NAM(New Associationist Movement)」を立ち上げたが、実質的な影響力を持たずに終焉した。

(3) ポストモダン相対主義の限界

  • フーコー、ドゥルーズ、ボードリヤールなどのポストモダン理論を下敷きにしていたニューアカは、真理や倫理の相対化を進めた。

  • しかし、90年代後半以降、相対主義的な態度が社会的に機能しなくなり、より実証的な知や倫理的な立場が求められるようになった。

  • 2000年代以降の「リベラルアーツ復興」の動きの中で、ニューアカ的なポストモダン批評は後景に退いた。

(4) ネット時代との相性の悪さ

  • インターネットの普及により、知の流通が大きく変化し、批評がよりリアルタイムかつ大衆的なものへとシフトした。

  • ニューアカのように書籍中心で理論的に構築される批評は、SNSやYouTube的な短時間のコンテンツ消費には適合しにくくなった。

  • その結果、ニューアカ的な知のスタイルは、「古典的な教養主義」に近いものとして見なされるようになった。


3. 現在の批評との関係:ポスト・ニューアカの動向

(1) 東浩紀と「ポスト・ニューアカ」

  • 90年代以降、東浩紀はポストモダン理論を受け継ぎながら、「動物化するポストモダン」(2001)でニューアカの終焉を示唆。

  • その後も批評活動を展開し、「観光客の哲学」(2017)などで、ポストポストモダン的な視点を模索。

  • しかし、ニューアカのような「批評と文化の一体化」を目指すのではなく、批評の役割自体を見直す立場にシフト。

(2) 現代美術におけるニューアカの影響

  • 近年の日本美術界では、岡崎乾二郎の理論的な影響が続いているものの、ニューアカ的な「知的遊撃戦」のスタイルはもはや主流ではない。

  • 代わりに、より社会的実践に結びついたアートプロジェクトやコミュニティ・アートが重視される傾向が強まっている。


4. まとめ

ニューアカデミズムは、1980年代の日本において知的文化を刷新する役割を果たしたが、90年代以降は批判にさらされ、その影響力を失っていった。その問題点として、エリート主義、政治との乖離、相対主義の限界、ネット時代との相性の悪さが挙げられる。現在では、東浩紀らが「ポスト・ニューアカ」の批評を試み、美術の領域でも岡崎乾二郎らが影響を残しているものの、ニューアカのようなスタイルは過去のものとなりつつある。

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