鬱を治す理由
鬱の人間が、少なくとも私は、常に不幸で死にたいわけじゃない。
幸い家族や友達には恵まれたし、今では一緒に幸せになりたい相手もいる。
「私は鬱だから、治すまで恋愛をしてはいけない。恋愛をすればまた自分が傷ついてしまう。治るものも治らない。」
そう思ってたのに、人を好きになった。
人を好きにならないようにするストッパーなんて絶対に存在しない。むしろストッパーを作ろうとすれば作ろうとするほど、人間は止まらなくなる生き物だ。
「鬱」は理解されない。心が弱いから、甘えているから鬱になる。ただの”メンヘラ”である。
世間は鬱をそう捉えるだろう。
私のたった一瞬を見て、「好き」と簡単に言い放った無責任な人たちによって私は心を蝕まれた。
だから「好き」を簡単に信用するのはやめた。代わりに行動を信用することにした。
鬱でメンヘラな私を見て、私から離れた人もいる。私のことを受け入れられないのはわかってる。私だって自分を受け入れていないのだから。
それでも、わたしをきっと本気で好きでいてくれて、
毎日薬を飲んだか心配してくれて、ちゃんと寝れたか心配してくれて、疲れて寝てしまっても「頑張ってるね」と褒めてくれる人に出会った。
数か月前はそんな人に出会えるなんて思ってもみなかったから、今でも自分がこんなに幸せでいいのか、少し怖くなる。
彼は、デートをすれば私のことを気にかけてくれて、必ず車道側を歩いてくれる。体調を心配してくれる。
小さなことでも褒めてくれて、可愛いと言ってくれる。彼にとっては当たり前なようだけど、私にとってはこれほど幸せで、心の拠り所になる存在はない。
今の私が、何があっても死ねないのは、この人の存在があるからであって、私が変わらなければいけないのは私のためだけではなく彼のためでもある。
彼がいれば私は何でもできる。
だから、何があっても彼を手放したくない。彼と将来笑い続けるために、鬱を治さなければいけない。
「ゆっくりでいいんだよ」という彼の優しい一言で、私は救われる。「頑張らなくていいんだよ、無理しないでね」という彼の優しさで、私は癒される。
だからいつか、私も彼を支えられるくらい強い人間になるんだ。
いつもありがとう。大好きだよ。
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