【読書記】「傀儡政権」と日越中仏の歴史が交わったハノイの瞬間
さて今回はまた読書記シリーズ、に加えて少しハノイ歴史探訪も入っています。今回読んだのはこちら、「傀儡政権 日中戦争、対日協力政権史」(広中一成・著)です。
「傀儡政権」側の人たちの思い
「漢奸」(中国を裏切った中国人、売国奴)と自国民である中国人に罵倒されてまで、日本に協力して傀儡と呼ばれる政権を担った人たちは誰なんでしょうか?これは自分の素朴な疑問でした。著者も書いています通り、中国の歴史の中では漢奸たちは当然「裏切り者」と断罪されているが故、客観的にそれぞれどういう理由で、どういう想いで日本との協力という道を選んだか、そもそもどこまで「傀儡」だったのかは多くが明らかにされていません。それを紡ぎ出そうと試みたのが今回の「傀儡政権」という本だと理解して読みました。
早い和平で戦争を終わらせると信じた人、日本と協力して自らの野望を果たそうとした人、日本に留学した経験などを買われた人、日本人と結婚した人…。その背景の中で葛藤しながらも、多くの人が完全に日本側の言い分に従ったわけではありません。また、日本側にもそういう人の思いに必ずしも十分に応えずに「利用だけしておこう」と思う人もいれば、そういう人たちと組んでの「日中和平」を信じて動いた人もいるなど、多くの人間ドラマがありました。本著では多くの異なる政権を描写していましたが、どの一人に焦点を当てても大河ドラマができそうな、そんな激動の時代を感じられます。
ハノイで交わる汪兆銘の軌跡
そもそもなぜ突然話題が「傀儡政権」かと言いますと、自分自身の日中関係への関心に加えベトナム・ハノイにも一因が。とうのも、今年初めハノイで行われた講演会で新妻さんのお話を聞いて教えて頂いて以来気になっていたのが、1939年にハノイで起きたこの「汪兆銘暗殺未遂事件」なのです。
この足跡をたどった時にはまだ冒頭の著作を読んでいなかったため「ああ、危機に瀕したから汪兆銘はハノイに逃げて来たんだなあ」と漠然と思っていました。しかし、同著によると汪兆銘の重慶からの脱出、そしてハノイ一時退避は練られたアクションの一環として、計画されていたものだったのです。
結果的には、日本側が汪兆銘側との合意通りに動かなかったこと、そして蒋介石が派遣した国民党「軍統」による暗殺計画もあり、汪兆銘はハイフォンから台湾・基隆を経て上海へ脱出します。ただ、その後1940年に設立することになる中華民国南京国民政府への軌跡の中に、このハノイ滞在もあったのです。なぜハノイだったのでしょうか、それには汪兆銘自身が若い頃(1907年頃)「フランス領インドシナ」のハノイで同盟会(孫文が結成した国民党の前身)の活動を行っていたこと、そしてフランスにも滞在経験があったことなど、フランス支配下であったハノイにある程度の土地勘、人脈などがあったのかもしれません。日中戦争期の歴史が日越中仏の歴史が重なり合う、そんな瞬間が今自分が住んでいるハノイであったことに思いを馳せてみます。
ちなみに、こちらNHK戦争証言アーカイブスHPからみられる、テレビがなかった戦時中に毎週映画館で流された「日本ニュース」。その第12号(1940年(昭和15年)8月26日公開)では「最近の仏領印度支那」として当時のベトナムの様子をが紹介され、当時走っていた路面電車、オシャレそうなカフェ、ホアンキエム湖など、かつてのハノイ中心部の様子がわかりとても貴重な資料です。ここではこの汪兆銘暗殺未遂事件が起きた建物も紹介されています。是非ご覧になってみてください。
ベトナムにもあった日本の「傀儡政権」
今回ご紹介した「傀儡政権」は、日中戦争期に中国で作られた各種政権を論じていますが、「仏印進駐」としてベトナムに進駐していた日本軍も、戦争終結間際の1945年にベトナムで「ベトナム帝国」という名の親日政権を設立していました。阮朝最後の皇帝バオ・ダイを帝国皇帝の座に据え、初代首相には著名な歴史学者のTrần Trọng Kim氏を擁立しました。ただ8月に日本は降伏、ベトナムは故ホーチミン主席が指揮した八月革命によりベトナム帝国は短い生涯を終えます。
しかし、たった4カ月間の短い「傀儡政権」にもかかわらず、後世のベトナムに残るこんな仕事をしたと、BBC Vietnameseは①国号を「ベトナム:越南」に統一、フランス語に替わりローマ字表記のベトナム語を使用する教育のベトナム化推進、③日本と交渉し南部の直轄植民地取り戻す、④自由と独立を強調する憲法を編纂、⑤戦後はスパッと身を引き革命政権に権限移譲、といった役割を果たしたと評価もしています。単に言われるがままに政権を担っていたわけではないという評価が新鮮です。これだけ見ても、「傀儡」と一括りにすると見えづらい、個々政権の、人々の生き様が感じられるような気がします。
中国で、ベトナムで、様々な表情を示す傀儡政権。「傀儡なんでしょ」と十把一絡げにされてしまいそうですが、丁寧にみていくと新たな歴史の姿が見えてきそうです。