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映画「対峙」 赦せるはずも赦されるはずもない密室劇

□対峙(2023年2月公開)

原題の『MASS』は「大多数」と訳されるが、キリストの典礼である「ミサ」の意味もある。また「mass shooting」で「銃乱射事件」という意味になる。

6年前にアメリカの高校で起きた銃乱射事件。その加害者と被害者の両親が、話し合いのために教会の一室で対面する。

俳優から本作で初めて監督・脚本を手掛けるフラン・クランツ。世界の映画賞で評価を受けている。 

□赤いリボン

環境音からの
静かな立ち上がり。

郊外にたたずむ
質素な教会。

劇中で”公聖会”と呼ばれているので
プロテスタント系の中立寄りの教会だろうか。

劇伴はなく
音楽は教会で練習するピアノと
聖歌隊の歌声だけ。 

静寂のせいで
人物たちの鼓動が
聞こえそうな気がする。

ふたつの家族を迎え入れる
準備をしている教会職員の
ナーバスがこちらにも伝わってくる。

テーブルにティッシュを置いたり
あまりにたくさんの菓子を用意したり
気遣いが空回りしてしまって
この面談をセットしたセラピストに窘められる。

セラピストは窓のステンドグラスの
赤い模様に目をやる。

この赤い色が
当事者家族たちになにか
を思い出させはしないか。
それを心配しているのだろうか。

そのころ
息子を殺されている被害者夫婦が
教会近くで車をとめている。

沈鬱な妻を夫が励ましているが
彼もやっとのことで自分を支えている。
 
彼はさっきから柵に引っかかっている
赤いリボンの切れ端から目が離せないでいる。

加害者家族と対峙するため彼は車を出す。

その後もキャメラは
赤いリボンを映し続ける。

赦せるはずも赦されるはずもない
密室劇が今はじまる。

□対話は結論を急ぐものではない

テーマ性で語られがちな作品だが
映像作品として優れたものだと記しておきたい。

実在感のあるきめ細かなセリフと演技
人物たちの”視線”をとらえるカメラワーク。

話し手を見つめる
聴き手のいたたまれない眼差しを
キャメラが捉えるたびに胸が騒いだ。

『十二人の怒れる男たち』のように
緊張が途切れない密室劇だった。

登場する4人のパーソナリティは
ストーリー都合でブレるようなこともなかった。

彼らはそれぞれに
弱さや誠実さを持っていて
最後までそれを貫きながら
4人で”接点”を模索した。

テーマ性に飲み込まれない
初監督の透徹した作品演出。

私としては死が絡む憎しみと赦しを
正面からとらえるこうした作品を待っていた。

 相手も同じ目に遭うべきだという憎しみ
 たとえ報復しても死者は戻らないという虚無
 赦しに行き着くための他者への想像力
 明日自分も加害者や加害者家族になる可能性 
 加害者を生み出す社会の要素

待っていながら不安もあった。

こうしたテーマで安易な描き方をすると
失望や極端な反論を引き起こしかねない。

本作で加害者の両親は
我が子の非を認めながら
それでも我が子を愛していて
その一方で産まない方がよかったと述懐し
自分を息子に殴らせればよかったと吐露する。

この千々に乱れた思いが
人間的だと感じられたし
対話は決して結論を
急ぐものではないと確認できた。

もし私が愛する人を殺され
復讐心に駆られ
加害者を殺したら
社会は私を否定してほしい。

私はその否定を受け入れないかもしれないが
社会はあくまで報復や憎しみは
さらなる不幸しか生まないと言いきってほしい。

あるべきなのは「赦そうとやってみること」だ。

難しいのは百も承知だが
そうしなければ人間があまりにも悲しい。



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