人の作ったものを食べては吐いて生きている
ヨルシカに初めて出会ったのはアルバム『エルマ』が出る直前でした。n-bunaさんの曲は昔、ボカロ曲の透明エレジーを気に入っていたくらいで、その後の活動については特に注視してはいませんでした。けれど、なんのきっかけだったか、『だから僕は音楽を辞めた』のアルバムを唐突にダウンロード購入しました。よく覚えていませんがきっと、youtubeでどれかの曲を聴いて購入に至ったのだと思います。
私は小説を書いています。好きな作品のキャラクターをいちファンが拝借して作る、二次創作といったものです。原作者や権利者に目をつけられて怒られれば、法に触れます。けれど、二次創作は今の私の生きがいの一つです。
ヨルシカに出会った当初、私は頭の中に住み着いたキャラクターの作りだす物語をできるだけ美しく文章にしたい。そう、焦っていました。
昔は私もよく文章を書いていました。私は精神を病み、苦しみを吐き出すために様々な言葉を用いて文章を書き殴っていました。けれどある時私の悲鳴は、慟哭は人々にとって耳障りなものなのだと思い知らされ、言葉を信じることを止めました。それからは本当に何も、文章を書けなくなりました。
だから必死で、言葉を取り戻そうとあらゆることを試しました。私自身は小説をあまり読む方ではありません。けれど、二次創作小説を書くと決めてからは数冊ですが読みました。好きな歌人のエッセイや短歌を紹介する本は、そこそこの数を読みました。漫画もたくさん買って読みました。良質なアウトプットには、インプットが欠かせません。中でも曲は、youtubeで探して気に入ったものは片っ端から書いました。良い曲には色があり、湿度があり温度があり、歌詞だけには囚われない独特の気配があります。書く小説の雰囲気に合った曲を聴くと、筆の滑りを良くする魔法のような感覚があるのです。
新しいアルバムのタイトルが『盗作』だと知った時、漠然と、私だ、と思いました。私は小説を書く時に、何度も何度も同じ曲を繰り返し聴きます。曲の与える印象を、感情を、拝借して書くといううっすらとした罪悪感がずっと胸の奥にありました。多分私の小説を読む人間は、書いた時のBGMを知ったとしてもピンとはこないでしょう。私の行う盗作は、そういった類のものです。
私はいつもギリギリの精神状態で生きています。心を病んで満足に生活できないまま歳を重ね、それでも仕事をすることもできず、若い子に囲まれて今時金にもならないと言われている写真を生業にするための専門学校に通っています。けれど私は普通に働くのは無理だから、せめて自分にできそうなことをしようと思って、写真の学校に通うことを決めました。精神は未だに不安定で、楽しみにしていた筈の授業の時間を自宅のベッドで蹲って過ごすことも多いです。
明日死ぬか、ひと月後か、一年後か二年後か。そんな中で、小説を書くことと小説を撮ることがなんとか苦しい日々を凌ぐ術です。
話が逸れました。ヨルシカの曲は、私の苦しさを時に緩和させ、またある時は吐き出す助けをしてくれます。カラオケで歌う時はとても気持ちがいいです。
曲が一曲一曲と解禁されていく中、早く助けて欲しかった。早くアルバムを聞かせて欲しくて仕方がなかったのをよく覚えています。ヨルシカの曲は一曲一曲の完成度も高いのですが、アルバムを通して聴くとまた形を変えた別の作品になるからです。今回のアルバム『盗作』は今までとは違いある程度の人生経験を詰んだ一人の男が主人公であるというのは、PVから分かっていました。彼がどんな風に生き、何を得て何を失うのか、早く知りたかったのです。
私は今までずっと、ヨルシカのアルバムをダウンロードでしか購入しないと決めていました。ファンクラブにも入会するほど、ヨルシカが好きです。けれど、私のものになった曲に正解は要らないと思っていました。だから、今までのアルバムは全てダウンロードでの購入しかしてきませんでした。
けれどどうしても前日に『盗作』が聴きたかったのです。学校が終わり用事を済ませると、近くの遅くまで営業しているヴィレッジヴァンガードへ向かいました。大きな店内を彷徨って彷徨って、疲れ果てて成果も得られず帰りました。ぼーっと過ごしている内に日付が変わり、アルバムをいつものようにダウンロードで購入し聴きます。
インストの音楽泥棒の自白。始まりを予感させるような音から、密やかな、不穏な、そんな音へ変わっていきます。月光は私の大好きな曲です。昔ピアノを習っていた時に弾いたことを思い出しました。楽譜に書いてある指示は全部無視して、自分の思ったように曲を弾く。私はそんな子供でした。
春ひさぎは好きな曲です。私の書く小説はともかく、写真はそのまま自分を切り売りしているようなものです。私の撮る写真は私自身です。生身の私のことは知らなくていい、愛さなくていいから写真は愛してほしい。そんな気持ちが曲に重なります。なんでもいいから、写真に何か思ってほしい。悲しいことは言わないでほしいけれど、本当は貶されてもいい。何か言ってほしい。写真は私が誰かと繋がるための手段で、身売りのような行為なのです。
爆弾魔は過去のアルバム曲の中でもかなり好きな曲です。アレンジもsuisさんの歌い方も過去のものより一層力強く感情の篭ったものに変わっているのも聴いていて気持ちがいいです。全部全部グチャグチャに壊してしまいたいという気持ちは、痛いほどわかるものなので。
インストの昼下がりの穏やかな曲調からの、レプリカント。レプリカントはこのアルバムの中でも好きな曲のかなり上位に入る曲です。人生を映画に例えること、偽物ばかりの世界、本当のものが分からなくて空を見上げる。どこにいても空が青くて、入道雲が立ち上っているの、不思議ですよね。ビルとビルの合間にもくもくの雲が見えて、ガラス張りのビルに映っていたりするんです。下水の臭いがして、車がいっぱい走っていて、どうでもいい人間ばかりが歩いているような街でも。他人のために生きられない、という言葉が切実に響きます。私も他人のためには生きられないから。私も人を呪えるくらいの写真が撮りたいな。
花人局はこのアルバムの中で二番目に好きです。温かな気配と喪失の香りが美しいです。置いていかれた者の理解の追いつかない感じ。明日にはきっと戻ってくる、以降の歌詞の切なさは大切なものを失った者ならば何か思うところがある筈です。改めて聴きながら泣いています。泣いていますって、反吐が出そうなくらい安っぽい言葉ですけど、本当に。
インスト、エリックサティのこの曲は昔からどこか鬱々としたイメージがありました。単調な曲調で、日曜の午後のような曲ですよね。
盗作はなんといってもsuisさんの歌い方にグッときます。何が足りないか分からないからもがく、その様は十分美しいと個人的には思います。全て失った後の景色、壊れた後の風景を求める彼の渇望、美しいものが知りたい彼の心境は美しいです。
彼の寂しさ、渇望、欠落、破壊衝動、そういったものが詰まったのが思想犯だと思いました。
このアルバムの中で一番好きな曲は逃亡です。郷愁と切なさ、夜の闇の暗さ。suisさんの鼻歌から始まるのもいいです。どこまでも歩いていって、何かを目指して。逃げて逃げて。つまらないことは忘れて。私は漠然とずっと、どこか遠くへ行きたいと思っているのです。この曲は、私一人を見知らぬ街に連れ去ってくれます。その街は私のことなんか誰も知らなくて、目もくれない。本当はどこへ行きたいのかもよく分からなのに、どこかへ逃げたい。そんな気持ちを、この曲は優しく包み込んでくれます。
インストが、時系列を過去へと戻します。ヨルシカはインストがとても良い役割をしていて、本当にアルバムとして美しいと思います。
夜行の優しい空気感と寂しさ、そこから花に亡霊への移り変わりが良いです。
ダウンロードでアルバムを購入して、それでも物足りなくて初回限定生産の小説付きのものを改めて購入しました。曲はもう何度も何度も繰り返し聴いています。シャッフル機能なんて使わず、最初から最後まで繰り返し。
まず届いたものが布張りの厚い本で、それだけで私は感激してしまいました。何故今まで初回限定生産版を買ってこなかったのかと。曲が、質量として目の前に存在する。その意味が初めて分かりました。数日間開かずに、ただ眺めていました。
少しして、歌詞をパラパラと捲り小説のページを開きました。大きめの文字でまるで児童書のような文字の組み方にノスタルジーを感じて読み進められませんでした。
また数日して、内容を読み進めていきます。まず心に沸いたのは妬みでした。美しい文章、言葉選び。文章から男の声が聞こえる、少年の声が聞こえる、景色が見える、日の光が、事務所の暗さが、路地裏にキラキラと輝くガラスが。小説という同じフィールドにn-bunaさんが立った途端、私を襲ったのは悔しさでした。
けれど、嬉しかった。私は死にたくないと何も作れないので。嫉妬や羨望を抱かないと何も上達できないから。愛がほしくて幸せになりたいけれど、愛を得て幸せになった途端私はものを作る人間として終わる。それをよく知っていました。
曲の感想で昼鳶に触れなかったのは、私が昼鳶という言葉が意味することを知らなかったからです。そして、小説を読んで曲の印象が大きく変わったのもあります。曲だけ聴いた時点では、歌詞もカラリとしたメロディも格好いいとは思いましたが、今一つピンとこなかったのです。しかし彼の過去を知り、少年期の生き方を知った時曲の見方が変わりました。
地位も名誉も失って、穴を埋められてしまった男はどうなってしまうのでしょう。幸せなのでしょうか。ずっと満たされたくて、幸せになりたかったのならいいのかもしれませんね。
けれど、私は嫌です。ずっと苦しくてもいいから、何かを作っていたい。小説をたまに読んで、短歌を読んでエッセイを読んで色々気付く。曲を聴いて、泣いたり歌ったりして楽しんで。そうして全てを糧にする。少しずつ盗んでいく。自分よりいい写真を撮る人間を妬んで、いい小説を書く人間を妬んで。今すぐ死のうと思うのを、あの小説を読んでもらうまで生きよう、あの写真を見てもらうまで生きようと、ずっとそうしていたい。
ヨルシカは私にとって大事なアーティストです。とても幸せな体験をいつもありがとうございます。
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