あなたは美容院で出来ますか?
僕は、美容院のトイレで大きい方をする勇気がないタイプの人間だ。
ただ、そうせざるを得ない時には、勇気と腹を振り絞れる度胸は持ち合わせている。出来れば使いたくない勇気は、夏の熱気と冷房の寒暖の差で使わされることになった。
その日はすき家で昼ご飯を食べてから、美容院に行く予定だった。
昼食中なのにも関わらず、腹部からはすでにトイレに行こうぜと、気軽に声をかけてくる。やれやれ…あわてんぼうなんだからとお腹をたしなめる余裕がこの時にはあったし、使用中だったトイレにも、存分にかましなさいと菩薩のような広い心で待つことが出来た。
いざ、トイレに入るとさっきまで玄関で呼び鈴を鳴らしていた便意は、ピンポンダッシュのように消えてしまい、便座に座ってる自分だけ取り残された。
そこからは、捻りだす各駅停車。便意があるときには、特急で、ものをトイレにお届け出来るのに、なんとか一駅だけでも…と苦悶の表情でお腹に力を入れると、しばらくして、コルクのような固いものが水面に落ちた。感覚でいうと、キュポンッと音を立ててたと思う。
時間をかけてようやく出した、おそらく生みの苦しみを感じたのに、これが美容院で用を足すことになった始まりだったと思う。
ご飯を済ませ外に出ると、絶賛の猛暑。
歩道のコンクリが鉄板級に熱されてて、サンダルのゴムを溶かしそう。
美容院の扉を開ける頃には、サッと水通ししたくらい体中が湿っていた。中に入ると、時間よりも少し前に来たため、ベンチで少し待つことになった。
冷房が利いた室内で、体温が徐々に下がっていくのが分かる。
夏限定でいいから、美容院の看板に「この店冷えてます」の文言と、僕の体温before afterをサーモグラフィーで撮った写真を貼っておいたら、それだけで来客数変わるくらい気持ちがいい。
気持ちよさを感じているのも束の間、お腹に異変が起きたのは、この辺りだ。「あらやだ…」と小声を漏らす。
店の間取りは、入口に入って左手にすぐカウンターがある。そして、カウンターの奥にトイレがある作りになっている。
トイレは奥まったところにあるわけではなく、カウンターの壁伝いにトイレがあるため、なかなか足を運びにくい。
なぜなら、排泄音が届いてしまわないか不安だからだ。
みんなも思うよね?この距離ってことは、聞かれちゃうんじゃないの?おしゃれな美容師の方が、お客さんと談笑しながら次回の予約してるところに、戦国時代で使ってたホラ貝の音みたいな放屁が聞こえたら、無い刀をみんな構えちゃうよ?って、両親が無事か一回電話しちゃうよってね。
お腹に爆弾を抱えながらも、間取りのことからトイレに向かうことは出来ずにいた。しかし、時間経過と共に、汗に濡れた服が冷えを加速させてくる。
脂汗が出始め、いよいよ腹を決めないと、白を基調とした店内に茶色の絵の具が飛び散ってしまう。アートに精通している人なら、「芸術は爆発だもんね、まぁお腹に爆弾抱えてただけにね!」とうまいこと言ってくれるが、基本的にはご迷惑しかかけない。
意を決して、カウンターに向かう。
カウンターには、女性のアシスタントさんが立っており、今は他の仕事をしているようだ。「今からあなたの美容院で大きいほうをします。」という気持ちが負い目になりつつ、歩きながら心を静めようとするが、到着する頃には告白する前の緊張感ほど心臓は高鳴っていた。
恋愛シュミレーションゲームなら、学校で両想いになれると噂されている裏庭の一本桜の下で、アシスタントさんに告白するくらいの感覚である。
意を決して「あっあの…トイレ借りてもいいですか?」と伝えると、「今、使用中ですー」と断られた。出来る限りの何も問題ありませんけど?の表情で席に戻る。
すき家でご飯を食べてた時には、器が大きいで有名だった僕も、今は爆弾持ちだ。苛立ちの貧乏ゆすりで、腹が揺れる。押しては返す腹痛の波が、その都度押し一方になるが、エンジンをかけたように貧乏ゆすりが止まらない。
使用中の赤いマークが青くなる時、スタートの号砲が鳴る。内心では「位置についてー」と、陸上のクラウチングスタートの構えになっているわけだ。椅子に座りながら、鷹のように眼光鋭く…いや、フクロウが獲物を捕らえるような…鳥類の目の鋭さに似ているような…と文章にもなっていない言葉が頭でいっぱいにしながら、強い視線でスタートの合図を待った。
少し時間が経ったあと、カチャンとマークが青に変わり、僕はスッと立ち上がる。お腹にダメージがないように、水面に波紋が出来ないくらいの水平方向で動き始める。
アシスタントの方も気づいて、僕を呼ぶ。腹痛を隠しながら交わす「ありがとうございます」史上、トップランクのすました顔でカウンターを横切った。
中に入ると、さすがのおしゃれ美容院。小物(消臭スプレー等)さえも生活感が出ないようにカモフラージュされ、統一感がある。
ここで、僕は今から祭りを始める。
トイレの中に入った安堵からか、便意の大波が一気に押し寄せ、トイレ目掛け、バタバタ歩きながらズボンを下す。なかなかに珍しい立ち状態でのスライディングが出来ていたと思う。
問題はここから。
破裂音やら着水音が聞こえてしまうと、カウンターまで届いてしまうかもしれない。あまりにも、ボリュームが大きければ「お客様で大丈夫ですか?!」と、不審がられて扉を叩かれるのも見越しておかないといけない。
こちらの武器は二つ。自分の腹筋コントロールと、おそらく二回ほど使える流すボタン。適度に力を入れてザコを小出ししつつ、いい塩梅で流しボタンで流水音を使う。最後に親玉を捻りだせば、この戦いは勝ち目がある。腹筋の攻撃と、流すボタンの水魔法を駆使するわけだ。
いざ、参る!と力んだ瞬間、親玉が顔を出した。
何やってんだ。
即座に流水の水魔法をかける。そのあとは、もうやってられない。
流水音にかき消せるだけとりあえず出せ!と前半のシュミレーションとは、かけ離れた横暴な策で戦うことを強いられた。
自分でも想定してなかった出来事は、筋肉番付にあったショットガンタッチ(ボタンを押すと、数m前方にボールが落下し、地面につくまでにボールを触る競技。ボタンを押した瞬間に、走りださないといけない。)のように、使うはずのない流すボタンを押した瞬間「もう行けぇ!!!!!隊列とか関係ないから、もう、とりあえず門から全員出ろ!!早く早く!」と、暴動騒ぎとなってしまった。
すき家でコルクを抜いたツケが、ここで生きてしまったんだ。親玉が「やってる?」と顔出したが全ての元凶だ。友達の屁も数発連れて、一番最初に顔出しやがって。
せめてもの抵抗で、僕はウォッシュレットだけは使わなかった。排泄に関しては、水魔法が効いてくれたとしよう。でも、そのあとウォシュレットが鳴らすチョロチョロ着水音は、僕はここで大きいほうをしましたという証明になってしまいそうで、怖くなってしまった。念のために使った消臭スプレーも、今思えば蛇足だったな。
ちなみに、お尻は濃く残った文字を消すときの消しゴムくらいに拭いてるので、清潔です。
P.S. 冷房の風と太陽の熱波でお腹を壊したってことが、北風と太陽みたいだ!と閃いたけど、改めて見ると教訓も特に感じられないし、意外とそうでもないな。
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