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なぜ本みりんが好きになったの?②ドハマリ編

集めてみようと思ったきっかけや、みりんって面白い!と思うようになったきっかけについては、①で話した通りですが、今みたいに、人に発信したり、蔵元をめぐってさらにはみりんを全蔵元試してみようと思うようになったのには別のきっかけがありました。
さらには、人へ発信することから発展して「みりんで仕事をする」と決意したきっかけまでお話できたら、と思います。少し重い話も入りますが、お付き合いくだされば幸いです。


興味本位でみりん研究会に入会して蔵元の人に会ったら…

みりんのことを調べているうちに、全国味淋協会というサイトに出会いました。みりんの使い方を第一に考えたレシピがたくさん載っていて、今でも時々、このサイトをみています。とくにサバの味噌煮のレシピが秀逸で、繰り返し作っています。

このサイトのリンクから、「みりん研究会」というものがあるのを知り、興味本位で問合わせをして、2019年に入会しました。その研究会の例会が毎年6月にある(2020年度はコロナ禍の影響で中止)のですが、参加してみると、数多くのみりんの蔵元の方が参加されているではありませんか!
その時、たくさんの蔵元の方と挨拶をしたのですが、とにかく口にしたことがない蔵元が多くて、話していても申し訳なくて仕方ありません。口にしたこともないのにこんなに優しく蔵元のお偉いさんが話してくださって、来年会うときは絶対にちゃんとした感想を言うんだ!!と心に決めました。

その例会で話した中でとくに印象に残っているのが、杉浦味淋の杉浦社長、角谷文治郎商店の角谷社長でした。

杉浦社長の愛桜は、当時まだ口にしたことがなかったけれど、杉浦社長には、「愛桜」の銘柄への思いを伺ったり、愛知県碧南市が醸造のまちであること、いつか遊びに来てくださいと言ってくださったりしました。(その後、2020年9月に訪問させていただき、杉浦社長には大変お世話になりました。)
そこでその醸造の文化にたいする興味がぐっと詰まった碧南市に興味が沸いて、醸造をもっと知りたい!と拍車がかかったわけです。

そこにトドメを刺したのが、角谷社長でした。
「みりんっていうのは、米の甘みを伝えるんだよ。酒屋さんは米の旨みを伝えるし、おかきやさんは米の食感を伝える。僕らは、米の甘みなんだ。」
「僕の会社みたいな小さな会社はどこの店頭にでもたくさん置けるわけじゃない。だけど、わかる人に届けられるよう、間口はひろーくもたなきゃ。」
そういわれて、私は心の中でこう思うわけです。

”ひょえーー!! 本みりんってめちゃくちゃ面白い!!”

それから何より、他の蔵元の方も本当に素敵な方ばかりだったんです。みなさん、物腰がやわらかく、商品を口にしていただけるだけでも幸せですというような低姿勢で、それでいて信念が通っていて気高い部分もあり。
そんな人に囲まれて、なんだか幸せで、私は心の中でこう思うわけです。

“この人たちと縁を深めていきたい!!
なんならこういう人たちと仕事がしたい!!”

チョロい人間ですね。
そうして、最低限、この研究会でお会いした方々のみりんはすべて口にし、また、記録を残そうと思ってilovemirinのインスタグラムアカウントを開設しました。


蔵元の数を調べてみたら案外少ないことに気づく

インスタグラムのアカウントを更新していく中で、どんなみりんを使おうかと思ったとき、使ったのが国税局の統計データでした。その統計を基にストーキング…じゃなくて、シラミ潰しに、『○○県 ”本みりん”』とネットで探していきました。でも、その統計データを見るうちに気づきました。

みりんの蔵元数は、
免許を保有しているのはたった119軒。
さらに製造が確認されているのは、たった50軒前後。
(現在は少し増えています)

むちゃくちゃ少ない。横に清酒で1700と書いてある数字を見るとむちゃくちゃ少ない。しかも製造量は、極端に多い数軒の蔵元と、零細規模の蔵元にほとんど分かれてしまっている。

これって産業の危機じゃない?
みりんがないと世界遺産の和食がダメになるのに??
それに蔵元の数も少ないから、案外制覇するのも可能なんじゃない?

そこでせっかくだから全部制覇しちゃおう!と決意してしまった訳です。


娘の重度の魚卵アレルギーが発覚

子どもが2歳になったとき、すし屋に行くと娘がいくらに触っただけで、意識が遠のき、嘔吐してしまいました。たらこ・いくらを中心とする魚卵アレルギーが発覚したんです。普段からあまり食べるものでないので、なかなか気づけませんでしたが、たしかに数の子やたらこなど思い起こせばすべて反応がありました。

このアレルギーの大変なところは、「メスの魚がダメ」というところです。ですから、工場加工品のタラのすり身や鮭の切り身も反応が出てしまいます。気を付ければ大丈夫ではあるのですが、結構ややこしい。

出汁もそうで、何をどれくらい使ったかちゃんと把握できないと、反応が出ることがあります。アミノ酸やうま味調味料の中には、魚卵を含むものもあるようで、それに反応がでることもあります。ですから、出汁は自分でしっかりとり、めんつゆなども自分で作る必要が出てきて、必然と本みりんを使って料理する機会が増えていきました。

親友が病気に… その時言われた言葉

急に重い話になりますが、これがなければ、きっと私は途中で飽きて放り投げていたかもしれません。でも、これが今もずっと続けていこうと思う大きな原動力のひとつです。

私には、大学時代からの親友がいます。何人か親友はいますが、異性の親友で、過去のつらい経験から人見知りが激しい彼はあまり心を開ける相手はおらず、とにかくこんな友だちはいないから、恋愛感情を徹底して排除して親友でいようと約束していました。

その彼が、26歳の若さでガンになり、その後、2019年10月に心臓発作のため意識不明の重体になったものの、なんとか生還し、その直後にお見舞いに行きました。その時料理を作ってバカ話をして見舞ったのですが、彼が料理を食べた感想がこうでした。

「俺、こんな塩辛くない料理初めて食べたわ。うちのおかん、具在切って火入れただけみたいな料理作るし、じーちゃんなんか、塩鮭に塩ふって食べるような人やってん。
塩味がなくても、こんなにおいしくなんねんな。
俺、こんな料理食べてたら、心臓病ならんですんだかもしれへんな。

きんぴらごぼうとか、おひたしとか、大したもんは作ってません。カゴいっぱいの野菜を買い込んで、みりんと出汁としょうゆで味付けしただけです。
でも、確かに彼の言う通り。塩味というのは、使いこなすのが簡単で、かければそれで味になります。でも、食事における甘さと旨味のバランスは、使いこなし術がわからないとなかなか使えません。食材のバランスも大切ですが、味付けのバランスに本みりんが一役買っているのは間違いないです。

心臓病になってしまったことで、彼の身体は全く使い物にならなくなっていました。筋肉は衰え、学生時代は鍛え上げていたはずの身体もガンの後遺症もあってトレーニングには耐えられなくなっていました。車の運転免許も停止になり、小さいころの憧れそのままになったトラックの運転手の仕事も辞めざるを得なくなってしまいました。
彼の恋人も心臓病になる1年ほど前に亡くなっていて、すべてがボロボロだった彼は、2020年1月末に自ら命を絶ってしまいました。

親友宛てに感謝の遺書残すくらいなら死ぬなよ!ってめちゃくちゃ思いました。でも、身体のことを考えると、生きてる人間側のエゴでしかありません。
彼と同じような悩みがある人だっていてもおかしくないと思うし、そりゃ、みりんだって使いすぎれば身体によくなくなってしまう。でも、調味料と出汁でも味のバランスをとることをちゃんと誰かに伝えられるようになるべきなんだな、と思うようになりました。

食材のバランスはネットの知識でとれる。塩味の知識もネットで得られる。自炊での和食をよりよくするために必要なものは多くありますが、その中でもネットで得られないのは本みりんの情報だと思っています。


親友に会いに行った道すがらで必ず言われたことは…

時間軸を巻き戻しますが、親友に会いに行く道すがらで会う人に必ず言われたことがあります。

「へー!みりん集めてるの?!おもしろい!! 商売にしなよ!」

たまたまかもしれないですが、だいたいはマツコの知らない世界に出てそうとか単に珍しいと言われるだけなんですが、親友に会いに行ったときに言われるのは、だいたい、商売にしたら?という言葉でした。

1人は京都駅そばの、スペイン料理 el' pollo石窯バルCENTROの社長なのですが、事業計画までみてくださりました。

私はなんだかんだでチョロい人間なので、亡くなった親友に会いに行った道すがらというのに運命-DISTINY-を感じてしまうわけです(笑) しかも複数人にいわれるなら、道はあるのでは、と考えるようになりました。


そうして、今に至って、たくさんの色んなおいしい本みりんをたくさんの人に口にしてもらえるようになったら、と事業を起こそうと奮闘し始めた次第です。

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