マスクをするサル?
読書日記①-1。初回は正高信男『マスクをするサル』新潮新書。
なんか気になる。
2021年に発行されてるってことだから、
絶対、コロナ期をふまえてるはず。
マスクに関わることは日々よく考えるなあ。
今、僕は、黒いマスクが一番のお気に入りだけど、
コロナ期前までは、
色・柄のついたマスク=チャラい
って思ってた。
なのに、コロナ期を経たら、
一番チャラいって感じてた黒いマスクをしてるわけ。
チャラさって本当に、
単なる思い込みの産物だし、
何をチャラいって思うかは、
人によっても、
時代によっても、
場所によっても、
人の成長の過程によっても、
変わってくるもんなんだよね。
月並みなことを言ってるけど。
そういえば、マスクに関しては、
イスラム教徒の使うスカーフも、
ああいう「密」な場における
かなり機能的な習慣なのかなって思ったりもしたなあ。
それにしても、
マスクが普通になりつつある世界って、
まさに「当たり前」が形成される瞬間。
この表題にも書かれてるけど、
パンツだってそっか。
当たり前にはいてるけど、
たぶんどこかの歴史で始まったことに過ぎないのか。
パンツを履くことが当たり前になって、
それが広がる過程って、
今と同じような感覚があったりしたのかな。
いや、まて。
日本ってパンツじゃないでしょ。
ふんどしでしょ。
ここらへん、きっと黒船以降に変わってくるのかな。
このこと、この本で書かれてるのかなぁ。
と、本を手に取って妄想を働かせ、
いざページをめくってみる。
マスクに関わる人類の歴史的な説明に、
焦点を当ててるだけだと思ってたら、
そうじゃなくって、
マスクが当たり前になってる今この瞬間って、
けっこうでっかい変化につながるかもね、
それを色んな視点から考えよってことなのか。
だから、焦点は、近い未来にあるっぽい。
「はじめに」では、
きっと情勢に対する配慮もあって、
マスクの社会的な捉え方への譲歩とかが見られるけど、
そこは多分重要じゃないよなぁ。
けっこう、ひっかかってるのは、
「コロナ禍が、ヒトの性についての意識を大きく変えるきっかけになる」
って書いてあること。
マスクと性???
まあ確かに、
イスラム教徒のスカーフの機能を考えると、
マスクと性との関連を議論することも、
妥当性がありそう。
目次にも
「剥き出しの唇?」
「陰部を隠すことの始まり」
「マスクは異性を誘引するか?」
とか書いてあるから、
マスクによって、
生物としてのヒトの、
性行動になんらかの変化を与えるよね、
ってことなのかな。
たしかに、
くだらない話ではあるけど、
コロナ前は、
街中とかで自分の好きな顔の人とかいると、
思わず見てしまうことはあったけど、
今、マスクしてる世の中、
「目」しか顔の情報を得られないから、
街ゆく人の顔って、
まじまじとみる機会、
ほとんどない。
それって、
肉体的な情報の多くの部分が、
抜かれてるってことだから、
「つがい」の獲得競争において、
何かしら影響を及ぼすはず。
でも
この本の筆者は、
「マスクも、その人の人となりを判断する大事な材料だとみなすことが求められるのではないか」
って言ってて、
マスクは「ヒトの情報」を減らしてるわけじゃなくって、
マスクそのものも「ヒトの情報」の一部だって考えよ
って言ってるのか。
さて、こっからどんな話があるんだろう。
(「あとがき」からは、すごい怒りを感じる...)
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