見出し画像

大竹伸朗展review. [番外編] Autograph session.


実はここ1週間、ちょっと不貞腐れていた。


MoMATの大竹伸朗登壇イベント、気づくのが遅かったり抽選に外れたりと、ことごとく逃してしまったため。

https://www.momat.go.jp/am/exhibition/shinro-ohtake/#section1-4


最後にサイン会だけチャンスが残っていたものの、平日日中。しかも私は、どちらかといえば、大竹伸朗ファンと言うより「大竹伸朗展/作品」の方のファンな感じだったこのときはまだ。なのでサインよりもトークを聞きたかった。


しかし何事も経験/体験としてのやってみる価値があると考え(過去、著名人のおっかけなどをしたことは、無い。私はそういうタイプではない。)、今一度奮起する。会場であるMoMATの近場で無理くり用事を作り、間隙を縫ってなんとかサイン会に向かう。


今回展覧会ショップで買ってサインを入れてもらったグッズが以下。サインとは関係なく、図録を除けば元々これが一番いいと思っていたアイテム、「宇和島駅Tシャツ」。しかし結果的にこのチョイスは大正解だった。

右の白いとこがサイン。
背中の方に描いてもらった。


整理券を受け取り、サイン会場に入る。今回は純粋なサイン会で、会話・渡しモノ(「接触」というのだろうか?)はNG。そういうものかと思い(ほんとにこういうの初めてだったのです)、神妙に自分の番を待つ。なお、大竹さんの作業の妨げにならなければ光景的な写真撮影はOKだった。ということで、この記事の見出しはそれ。


そして自分の番が来てサインを書いてもらっているとき、ふと気づいた。


あれ、これ、即興だけど、画家/アーティストに絵を描いてもらっちゃってるじゃん!


それまで何気なく目にしていた日常のあらゆるモノやデキゴトは、現在進行系のアートの主題として十分成り立つといった開眼意識

大竹伸朗『見えない音、聴こえない絵』p.250

問題は人それぞれが何を「芸術」と捉えるのかということに核心は行き着く。

大竹伸朗『見えない音、聴こえない絵』p.251


「書いて」もらってるというより、「描いて」もらっちゃってる!

これに気づいた瞬間、名前(いしい = Ishii)の部分から絵の部分へとペン先が進んだとき、最後の「i」が異様に下に延びた刹那、びっくりし、おもわず、「ありがとうございます!」と、声を上げてしまった。発話NGだったのに。



このあと、ずっと頭がしびれ、何も手につかず、この日は終了した。



***

今まで私の部屋に、「芸術家」が描いた(複製物でない、オリジナルの、一点物の)「作品」の類はなかった。

今回おもいがけず超イケてる(語彙が貧困ですみません)「作品」が自分のものとして転がり込んだ。いまだ呆然としている。



以 上



この記事が参加している募集

誠にありがとうございます。またこんなトピックで書きますね。