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雪が溶けるまでに

寒い、とても寒い。
ああ、今日寒波来てるんだっけか?

青森の片田舎から上京してきた僕は
あの頃の本物の寒さを忘れてしまうくらいには
歳をとっていた。
周りを見渡すと少しずつ結婚して子供をつくったり、
家を買う人も少しずついるくらいだった。

そんな僕は都心に住んでいるとは言えど、
1K6畳、ユニットバス、
辛うじて鉄筋のマンションに住んでいるような
うだつのあがらないサラリーマンだ。

貯金も大してなく、
周囲の幸せが眩しく感じるくらいには
僕は暗い闇の世界で生きているのかもしれない。
光の下を歩けないドブネズミの気持ちに
少しずつ共感していた僕は
大して友人もおらず、人付き合いも希薄だ。

そんな僕も最近Twitterでナンパ界隈を知り
読者として界隈をウォッチしている。
そこに描かれている世界は少し特殊で
刺激的ではあるが簡単に股を開く女性が
こんなにもたくさん世の中にいることに
少しばかりの疑念を感じさせている。

僕自身は1年前までは彼女がいた。
3年付き合っていた彼女だったが、
クリスマスの直前でフラれた。
「あなたとの未来が想像できない」
そう言われた。
度々結婚の話も出ていたし、
僕から言わせたら
未来を描いていたはずだったが、
彼女にはそう映らなかったようだ。

しかしながら、
ものの数日でInstagramでは明らかに女性同士で
行かないような場所の投稿が
立て続けに投稿されるようになり
挙句の果てに先月結婚したようだ。
結局僕は彼女にとっての
踏み台でしかなかったということだ。

先月のクリスマスにまたInstagramに
お決まりの"婚姻届"に結婚指輪と婚約指輪を
重ねておいている写真が投稿されていた。
一緒に写っていた男性は僕より格好良かった。
眩しすぎる他人の婚約指輪に劣等感を感じながら
僕は去年を終えた。

今年こそは変わりたい。
僕はそう思い、
一念発起でナンパをすることにした。
偶然ではあるが、
住んでいる場所からすぐ近くに
セレブタウンがある。
どうせ付き合うなら
前の彼女より良い女の子と付き合いたく、
その街であくる日もあくる日も声をかけ続けた。

そして、、、
ついに彼女ができたのだ。

「すみません、、、」
声をかけた彼女は僕と同い年くらいだろうか。
あの日は都心では珍しく雪が降っていた。
僕の地元青森では普通の景色が
この土地の人たちにとっては珍しいようで
浮かれている人が多かった反面
電車も少し遅延するくらいには
街が麻痺していた。

その彼女は僕には不釣り合いな綺麗な女性で
高そうなダウン(確かモンクレールだっけ)
を着ており、
暖かそうな手袋をしている割には
少しだけ見える肌色の上からロングブーツを
履いているような都会色を魅せる女性だった。

なんの仕事かは分からないが、
仕事終わりで帰るところらしい。

「今電車に乗っても遅延してて乗れても激混みだから1杯だけ一緒に飲まない?」
そう言って僕は連れ出した。

僕と同じ青森から都心に出てきた
とても擦れてない良い子で
地元の話でも盛り上がり
早速僕は彼女にしたいと思い
その日は極限まで好感度を上げることに徹した。
誘ったらホテルまで着いてくると確信していたが
あえて誘うことはなかった。

その日から連絡を取り合うようになり、
2週間後にまた会えることになった。
普通に楽しく食事をして帰り際に告白をした。
僕の家は貧相な家なので相手の家に行きたいと
打診をすると実家住まいなので無理とのことで、
ホテルに行った。
今までで1番相性が良いように感じた。
好きな人と交わる本物の幸せを噛み締めながら
余韻に浸りつつも宿泊はできない
とのことだったので
お互い名残惜しさを感じつつその日は解散した。

それから僕は2週間に1回、
決まって水曜日に会っていた。
僕は土日休みの仕事だったので、
土日をゆっくり彼女と過ごしたかったが、
どうやら美容関係の仕事で
土日を休むのは難しいようだ。
まぁ、致し方ないだろう。
そんな関係を2ヶ月くらい過ごしていた。
自称冷え性な彼女は
いつも暖かそうな服と手袋を付けていた。
見ているだけで愛くるしいし、
こちらまで暖かい気持ちになる。

彼女との日々は今までの劣等感まみれな
僕の生活を払拭するくらいには輝いていた。
今まで吐いてきたシーシャの煙は暇を潰すための
陰鬱でしかなかったが、
彼女と吐いた煙はいつか共に過ごせる未来を
感じさせては儚く消えていった。

吐息が白を帯びなくなりつつある日、
僕は有給を取って初めて泊まりで旅行に行った。
近場の箱根に旅行に行ったが、
その日もとても冷えていて彼女はいつも通り
暖かそうな服と手袋を付けて
僕の目の前に現れた。

道中の美しい景色は僕の目に色を与え、
美味しい食事は1K6畳にはない非日常を彩り
暖かい温泉は身体の錆を全て受け止めてくれた。

部屋に戻って少しばかりのお酒を飲みながら
大好きな彼女と話をしていると
夜闇の濃度が上がっていくのを感じた。

僕は彼女とひとつになろうと抱き寄せた時に
「ごめん、今日で最後ね。」
彼女は泣いてた。
僕は何が起きたのか分からない豆鉄砲を受けた
鳩のような気持ちになった。

「どうして?なぜ?」

そんな気持ちを胸に留めることはできず、
全力で彼女に聞いた。
どうやら転勤で引っ越さなくてはいけない
とか
東北のおばあちゃんの容態が良くなくて
とか
色々な理由があり忙しくなるし、
会えなくなってしまうとの事だった。

「いや、俺が会いに行くよ。どんなに遠くても会いに行くよ。」

どれだけ心の底からの愛の言葉を伝えても
彼女を納得させることは出来なかった。

最後にお互い泣きながら愛し合った夜は
これ程までに夜が明けないことを
祈ったことはなかった。
何度も何度も愛し合ったその夜は
お互い力尽きて気付いたら
抱き合いながら眠っていた。

次の日、借りたレンタカーの車内は
重たい空気を充満させていたが、
それを不自然に払拭させようとしている
明るい僕たちがいた。

帰り道も一緒に観光をしていたが、
美しい景色は僕の目から彩りを奪い
美味しい食事は1K6畳の日常への
片道切符を意味した。
家に帰って浸かる湯は
きっと身体へ重りを与える錆になるのだろう。
そう思いながら借りたレンタカー屋に着き、
車を返却した。
それはすなわち彼女との別れを意味した。

お互い清々しい気持ちを強がって出して
気持ちよく解散した。
解散したあとに送ったLINEは
永遠に既読がつくことはなかった。

それから少しの日が経ち、
桜は咲いては散り、
街には桃色の絨毯が敷き詰められていた。
生命の息吹を少しずつ感じ、
色彩と鼓動を感じる季節は
花粉症ではない僕にとっては
そこまで嫌いな季節ではなかった。

心機一転また彼女ができればいいな。
新たな出会いを祈り、
どこか吹っ切れた思いで街へ出た。
今までと同じ町でナンパをしていても
何か憑き物を感じていたので、
街を変えてナンパをしていた。

「すみません、、、」

無視されるのは当たり前だし、
止まってくれる人の方が有難い。
久しぶりに街に繰り出した僕は
大した成果もなく
途方に暮れて家に帰ろうとした。

帰り道に手を繋ぎ歩いているカップルを見ると
あまりにも輝いて見える僕のようなドブネズミを
照らす太陽に見えてしまう。
そんな白夜を感じながら帰路に着こうとすると
見覚えのある女性がいた。

数ヶ月前に別れた彼女だ。
暖かくなった今日この頃の彼女は
自称冷え性を思い起こすことがないような
ワンピースにライダースを上から羽織っていた。
なぜこんなとこに?

「おーい!!!」
声を掛けようとしたその瞬間、
彼女の横に自分よりも
格好よく明らかに身なりの良い男がいた。

最初頭の中に
大量のクエスチョンマークが湧いて出たが、
すぐに事態を理解した。
寒がりな彼女はいつも手袋を付けていたが、
暖かくなった今日は手袋をつけていなかった。
その指にはキラリと光る指輪を
左手の薬指にはめていた。

僕は愛していた女性の幸せを祈りながら
足早にその場を離れた。
まさにドブネズミのような
敗北者の気持ちだった。

ずっと冬のままだったら
きっと彼女が付けていた指輪を目視せずに
彼女の言葉だけを信じて
暮らすことができただろう。
相手の男性が
どんな内面の男性かは分からないが、
きっとマリッジブルーに陥っていた
彼女にとっての最後の羽休めが
僕だったのだろう。
そんな彼女の青色の心を覗かせないくらいには
僕といる時は春色の心だった。
でも本物の春が来た今この瞬間、
無情にも僕の春は真の意味で
終わりを告げたのであった。

もうこの街で二度とナンパするのは辞めよう。
そう思い電車に乗り家に帰ってきた。
春を迎えているのを感じさせないくらい
人の温もりを忘れた僕の家は
いつも通り少し散らかっていた。

次は冬が来る前に彼女を作ろう。
雪が積もる前に愛し合おう。
そう思い疲れたように眠った
僕の心に積もった雪が溶けるまでには
まだ時間がかかりそうだった。

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