![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/58779759/rectangle_large_type_2_1da7c6c2222c782485fb74d3933f4f1a.jpeg?width=1200)
今さらですが、山の日によせて
2年前の、山の日。わたしたちは入籍しました。「山の日だったら祝日だし、忘れなさそうでいいね〜」なんて言いながら、ふたりで鼻うたまじりに、婚姻届を書きました。
祝日なのに、市役所の職員が待機してくれていて、ふたりの写真まで撮ってくれました。
大仕事を終えたあとの食事は、海沿いの町にある、オシャレなホテルのランチビュッフェ。
こんな上等なレストラン……
場ちがいじゃないの!?
ショッピングモールの中にある、専門店で買ったペラペラのカットソーに、デニムのタイトスカートなんかで、来ちゃって大丈夫だろうか……
足もとは、さすがにパンプスでキメてきたけど、それだって、まいにち履いてるから、かかともすり減って、うす汚れてきてるし……。
広くてぴかぴかした店内を、
パリッとアイロンがかかった、白いブラウス、キチッとした黒のパンツと、黒のエプロンに身をつつんだ女性店員に、やたら丁寧にもてなされ、
背もたれがゆったりした、大きな革ばりの、ひとり用ソファに、気おくれしながら座りました。
夫は慣れた様子で、ビュッフェコーナーに並べられた、サラダやお肉、お魚料理なんかを、どんどんお皿に入れていました。
テーブルのうえに並んだ、お料理は
どれも、色とりどりでおいしそう。
サラダに使われたトマトやキュウリは、もれなくツヤツヤしていました。
白身魚のソテーも上品に、お皿のうえで、真っ白なからだを横たえています。
「Sazanami。これ、おいしいよ。食べてみ」
夫にすすめられたのは、
うすく切られたローストビーフ。
ほんのりピンク色で、
ワイン色のソースがかかっていました。
そんな高級感ただようもの、それまで食べたことがなくて、
ローストビーフ?
あの、うすく切られたお肉をお湯にくぐらせていただく「しゃぶしゃぶ」みたいなやつか!
と、かってな解釈をしていました。たぶん。
いま思えば、しゃぶしゃぶより少しだけ厚みがあった、あのピンク色の牛肉ひときれを、
わたしは、
「うん、ありがとう。いただきまーす!」
夫にお礼を言ったあと、
フォークですくって、ひとおもいに
ぱくっと
ほおばりました。
ん?
なんか、思ったより、かたいな……。
すぐに、そんな違和感が、出てきました。
ガラスばりの窓ごしに、リゾート感が満載の、大きなプールが見えます。
そこで、ビキニなんか着て、気持ちよさそうに泳いでいる外国人や、日本人の旅行者を横目に、せっせとお肉をかみ続けました。
うーん……
なんだろう、この筋みたいなやつ。
切れない。
夫は、昼間からハイボールを片手にごきげん。
ほほを赤らめて、次から次に、いろんなことを話しかけてきました。
それに、うん、そうだね、えー! すごーい!
などと相槌をうっている間も、
お肉は、わたしの口の中で、徐々に、
かたまりを、作っていきました。
もはや、お肉というより
ゴムみたいになってきました。
ひたすら噛んでいたので、
味も、ほとんどしなくなりました。
ただ、あの筋だけが、切れずに残っています。
もうダメだ、あご疲れた……。
子供のころ、口の中でクチャクチャ噛みっぱなしにして、味がなくなったガムを飲みこむ感覚で、
その、よくわからないゴムのかたまりを、
ごくんっ!
※○×△□※□×△○※!!!!!!
わたしは、目をシロクロさせて、白いクロスのかかったテーブルのうえにある、琉球ガラスでできている、お水の入った青いグラスに、手をのばしました。
ゴムのかたまり……じゃなくて、味のしなくなったお肉のかたまりが、のどに詰まってしまったのです。
テニスボールを、飲みこんでしまったような、
あの苦しさ……。
いまでも、鮮明に思いだせます。
うえぇ……。
お水を飲めば、だいじょうぶ。
そう思っていたのですが、
口に入れたお水も飲みこめず、
テーブルに、吐きだしてしまいました。
!!!!!
やばい、息ができない!!
おそらく、わたしは青ざめていたでしょう。
夫が「大丈夫?」と、オロオロしながらテーブルを拭いてくれて、カラのグラスを手に、お水を足しにいってくれました。
バン、バン、バンバン、バンバンバンバン、
バンバンバンバンバンバンバンバン!!
じぶんの胸を、必死でたたいていながらも
レストランを行きかう人々の視線は、
痛いほど感じました。
わたしたちの前の席に座って、両親とごはんを食べていた小学生くらいの男の子が、
わざわざ、振りかえって
こちらを覗くように見ていたのも
ちゃんと、わかりました。
苦しさと恥ずかしさで、
へんな汗が出てきました。
「はい、お水」
夫が、目の前に青いグラスを置きました。
もういちど、お水を飲むと……
ゴム……じゃなかった、お肉のかたまりが、食道から胃に、ストンっと、おちていきました。
息ぐるしさが、すーっと消えていきます。
「お客さま、大丈夫ですか?」
ちょっとエキゾチックな雰囲気の、女性店員に声をかけられ、口をパクパクさせながら、
「……大丈夫、です」
と、答えられるまでに回復しました。
はーーーーーーっ。
大きく深呼吸して、お水をもうひと口。
危なかった……。
もうすこしで、救急車に乗るところでした。
婚姻届を出したその日に、何をやってるんだ、
わたしは。
そう思ったら、笑いそうになりました。
山の日になると、かならず思いだす
結婚初日のできごと、です。
あれ以来、
どんなに薄くて柔らかそうなお肉でも、
ひと口でペロリと行けそうな大きさのお肉でも
フォークとナイフをぎこちなく使って、
切り分けるようになりました。
なにを、当たりまえのことを
今さら、あらたまって。
書いていると、やっぱり
笑いそうです。
ぜんぜん「山の日」じゃない
ド平日になっていますが
きょう、8月11日は
結婚記念日です。
セルフロックダウンを! と
県から要請されて1週間すぎましたが、
夕ごはんは、夫と外で食べる予定なんです。
きょうだけは
ごめんなさい。
いいなと思ったら応援しよう!
![Sazanami](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/140041771/profile_1e3d03ab96269955dc2318739bd6839b.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)