今村 寛「『対話』で変える公務員の仕事 自治体職員の『対話力』が未来を拓く」
「対話」というのは、自分の居場所を確かめる方位磁針なのかもしれない。人は、自分の立ち位置を1人だけで確かめることはできない。周りの状況は見ることができたとしても、そこからどこに向かうべきなのか、地図がなかったとしたら、どうやって確かめることができるだろう。
最近、対話の大切さ、ということがよく言われていて、仕事においてもそれをよく意識していた。相手の状況を理解しながら、自分の立場を説明し、課題を整理し、どのようにすれば、課題が解決すると同時にお互いのメリットにつなげることができる、という理解をしていた。それなりにうまくことが進められていると考えていた。けれどもこの4月から少し環境が変わり、思うとおりにことが進まなくなってしまった。色んな部署と関わるようになって、その中の一人がとても苦手だった。
その人の言っていることは間違ってはいない。ベテランで、色んな部署のことをよく知っているから、たいていは正しい。けれど、私が何か言おうとしても、3回に2回くらいはさえぎられるのだ。そうなると話せるチャンスに話そうと思っても、さえぎられた苛立ちで、うまく話すことができず、余計に不利な立場になってしまうのだ。不利な立場? そう、不利という言葉がしっくりくる。こんな風に片方が感じてしまうのは、間違いなく、対話ではないだろう。実際私は、共通の目的のために話をしたつもりだったのに、自分たちのやり方が否定された上に、無理やり仕事を押し付けられた感じになった。
一方で、同席した協議で、メインの二人が合理的な議論を交わすのを見たこともあった。事前にテーマが決まっているから、争点になることは明らかでお互いにそれを準備している。必要な情報を出し合い、会話に無駄がない。相手に理解してもらいにくい内容が出てくると、具体例を出して説明し、疑問点をクリアにした上で、落としどころを見つけていく。もちろんお互いが想定していた落としどころが一致していただろうから、ということもあるのだろうけれど、ものの15分程度でものごとが決まり、次のステップで何をすべきか、という確認も行われた。
その進め方があまりに素晴らしかったので、そのうちの一人にそのことを告げると「お互いに特に何かに思い入れがあるタイプではないから、決めなければいけないことだけ決めるのですよ」という答えだった。理論的な議論の合間に、相手が理解できなかったポイントには対話的な要素も組み入れるなど、工夫もしている。だから仮に相手がかなり思い入れがあるタイプだったら、そこまで合理的に進めず、やり方を変えたのだろうけれど。
こんな体験を立て続けにしていて、色んな協議を少し面倒に感じるようになっていた。だからこの本も、心を開いて読むことができなかった。対話は嫌いじゃないと思っていたのに、すっかり自信を失くしていたから、なかなか字面を追っていても、意味が染み通るような感覚を得ることができなかった。
けれど途中で、こんな言葉に出会った。「愚痴が言えるのはその場の心理的安全性を感じて自己開示できるからこそ」
これを見た時に、今の自分は協議の場で「心理的安全性」を感じていないんだな、ということだった。そう確かに例のベテラン職員と話していた時は、座っているのに血の気が引きそうな感覚で、気持ちを落ち着けることができなかった。相手に伝えなければいけないことがあるのに、相手に何か批判されるだろうと思いながら、話をしなければいけないことは、非常に苦しいことだ。
とりあえずこの時は、最初から自分が緊張することは分かっていたから、数日前から、どんな風に伝えるかについてイメージしたり、他の人に確認したりしてみた。結果として、どうにか伝えるべきことを伝えることができて、想定していたように批判されることはなかった。
もちろんこうやって、心理的安全性が脅かされそうだと心の準備ができている時は対処法があるけれど、そうではない時に、どうするのか、というのも考えなければいけない。円滑に話し合いが行われると想定していたのに、思った以上に難航した時だ。
急にそういう状況になって、そこから巻き返しを図るのはとても難しいだろうけれど、最初からそういう状況になることも想定しておいて、準備をしておくというのが正解なのかもしれない。相手が対話のスタンスに立たないからといって、こちらから対話のスタンスを捨ててしまうのはいけない。何かをやりたい、良いと信じていることを進めたいと考えているなら、そう思っている方が強い信念を持って、準備をして、対話を通じて、相手に理解してもらった上で、何をどうすべきかについて、議論できるようにしなければいけない。合理的な議論ができる人は単に思い入れがないのではなく、この辺、強い信念に押し流されて、理論づけやバックデータを怠るようなことがないから、対話から始まってもいきなり議論でも、うまく進められるのだろう。
そして今村氏は、もっと本質的な解決方法として、「話すべき用件がなくても会う」ということを挙げている。確かに対話がうまくいっていると感じている相手とは、小さなことでもメールでやりとりしたり、状況を報告したり自然にする。一方で、苦手意識を持ち始めた相手には極力関わらないようにしてしまう。それはある意味、こちらからも、より良い対話につなげる機会を損失しているということになるのかもしれない。
自分の周りの状況はもちろんのこと、用件がなくてもやりとりする機会などを通じて、相手の周りの状況もよく確認しておくことで、良い対話に結び付けられる。お互いの立ち位置を方位磁針という対話で確認し、どちらの方向に進んでいけばよいかを決められる対話を目指していきたい。
ここでは紹介しなかったけれど、今村氏は、その他にもなぜ自治体職員に対話が必要になるのか、またなぜ苦手意識を持ってしまう職員が多いのか、ということについても丁寧に説明していて、納得できるとともに、勇気づけられる一冊になっている。