松本孝夫「障害者支援員もやもや日記」
読みながら、私はこのまま今みたいな仕事をしていていいのか、という気持ちになりました。78歳でも、殴られ、蹴られ、噛みつかれる仕事であっても、足を痛めて手術をしてブランクがあっても、また戻りたいと著者の松本さんは考えているのです。
松本さんはもともとライターの仕事をされていたそうで、そこから会社を立ち上げましたが、70歳で倒産し、職探しをすることになったそうです。新聞でグループホームの介護の仕事、という募集を見つけて、車いすのイラストが載っていたから高齢者の介護をするのかと思ったら、精神障害者のグループホームだった、という始まりです。
トライアルで4日間泊まり込みますが、その間にもちょっとしたトラブルがありつつも、他を探そうとしなかった柔軟性は、本当にすごいと思います。
そして最初のエピソードは、自閉症もある利用者が、丸裸で施設を飛び出し、それを裸足で追いかけるというもの。どうにか解決して、ああ、こんなに大変なんだ、と思う間もなく、次から次へと大変なことが起きます。
もちろん現実には、読んでいるのと同じペースで、息つく間もなく、というわけではないと思いますが……。
うちの長男も、落ち着いている時は落ち着いているのですが、何か起きた時は、次々と、ということもないわけではありません。なので、それが複数だったら、と思うと、大変だろうなあと思ったりもします。
もちろん大変なことばかりではありません。利用者さんの頑張る姿に心うたれたり、少しずつ成長する様子を見ることができたりします。また、松本さん自身が研修を受けて様々なことを学んだ中で思いついた関わり方を、会議の場で共有しながら実践してみることで、変化が見られたことなども紹介されています。
ここでも松本さんの適応性・柔軟性のすごさが活かされていると思います。
こんな風に手ごたえが感じられると、何よりモチベーションに繋がると思います。
一方で自分の仕事を振り返ると、手ごたえを感じる機会がありません。私の立ち位置でやらなければいけないことをやっているわけですが、今の仕事がどんな風に対象となる方たちの生活の質を向上しているのか、いや、そもそも、本当に効果があるのかどうか、見えてこないのです。
今でいえば、3年に1度作らなければいけない計画を作っているわけです。もちろんできるだけ当事者の意見や直接携わっている方たちの意見を訊きたいと思って、アンケートをしたり、様々な機会でうかがった話は落とし込むようにしています。ですが、この計画が出来上がって、誰がどんな気持ちで読むのか、読んだことでどう行動を変えるのか、ということを想像すると、正直なところ、むなしくなってきたりします。
敢えて言うのなら、この計画を作るために話し合ったことで、職場の中で、あるいは関係機関との間に、共通認識ができたということはあるかもしれません。計画そのものの効果というよりは、議論を経て、その共通認識を見える形にしたものであるというのなら、意味があるのかな、とも思えます。
いずれにしても、自分の立ち位置でやるべきことをやらなければいけないわけだし、計画を作らなければいけない以上誰かがやらなければいけないわけなので、やります。
それともう一つ、私の場合には、障害を持っている長男が身近にいます。彼が成長できるように、本を読んだり、その感想を書いている時間があるくらいなら、彼に何か働きかければいいのではないか、と思ったりもします。
そうしなければいけないと考えていた時期もありました。
本を読みながら、ちょっとそのことで胸が痛んだりしました。
もっと私が頑張っていれば、彼が自分で色んなことができるようになったのではないか、今頃話ができるようになっていたのではないか、と。ただ、私にはそれができませんでした。
そうしたいと思っていた時期もあったけれど、あきらめました。
それは、どんなに働きかけてもうまく成長させられないことに関して、うまく働きかけられない自分を責めるか、成長してくれない彼を責めるか、のどちらかに行きついてしまいそうだったからです。
だから、できる範囲でやることにしよう、と思いました。
例えば、靴を脱げるようになってから、4年くらい経ったここ1、2年くらいで、ようやく履く練習を始めています。
ぶっちゃけ、そうでなくても、彼がやらかしたことの後片付けなので、大変だったりします。
だから、松本さんの働きかけで、利用者さんが行動を変えたり、成長したりしたエピソードは、だからとても羨ましくて、貴重なことだな、と思いました。
職場では現場から遠く、家に帰ればど真ん中なのですが、今私にできることを、ひたすら積み重ねていくしかないな、と思います。
松本さん、体調回復して、またお仕事に復帰しているといいなと思います。