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斉藤道雄「治りませんように べてるの家のいま」

この本は読むクスリ、だと思いました。クスリなので、楽になることもあれば、ひどい副作用に悩まされることもあります。おだやかなくだりを読む時はほっこりした気持ちにもなりましたが、そうでない、爆発を繰り返してしまう人の話などはとても苦しくて劇薬みたいでした。
べてるの家とは、北海道の浦賀に1984年に設立された精神障害等を抱える人たちが共同生活を行う地域活動拠点です。生活の場であると同時に、経済活動の場、ケアの場でもあります。

この本ではべてるにいる様々な方のインタビューをまとめたものです。とても寄り添って書かれていて、温かい気持ちで話を聞いているのが伝わってきます。

ちょうど読み始めたころ、埼玉県議会で、子供の虐待に関する条例の改正案が提出され、委員会で可決し、翌週の本会議で可決されるのではないかということがSNSで話題になっていました。
子供を育てる者は、買い物はおろか、ゴミ捨てにさえ1人で行けないわけです。条例を守るためには、子どもをゴミ捨てに連れて行かなければいけなくて、歩き始めた子どもなら自分の行きたいところに行きたがり、大変なことになります。
条例にそこまで具体的に書かれているわけではありませんが、イメージとしてそうしたことが語られていました。そして見つけた人には通告したり、通報したりしなければいけないとされていました。
まさに管理です。
子どもをひとりにすることがダメだから禁止し、親を監視して管理するというわけです。それで虐待が減るのか、と感じました。

べてるの家にきて、辛くなった時に、それまで注射を打ってもらったり、薬をもらっていた人がもらえなくなり、最初は苦しみ、それから少しずつ、どんなときにつらくなるのか、つらくなったときにどうするかを見つけていく過程を読みながら、この虐待禁止条例のことを思い浮かべていました。べてるの家の思想は自由で、誰もが認めて、受け入れてもらえる、話を聞いてもらえる、困ったことがあれば誰かに聞いてもらい話をして、誰かに手伝ってもらいながら、最後は自分でどうするか決めるのです。管理とは遠い世界です。

そんな中、病院内で患者が他の患者を刺してしまうという事件が起こります。今から10年以上前のことです。このことを書くのは迷いましたが、とても大事な言葉を説明するのに必要なので、引用します。会見で記者がこんな風に尋ねます。
「人が1人なくなってるんですよ。これ、管理責任はどうなるのか。患者さんとの信頼関係、できていたはずなのに、今回はそれを裏切っている。それはどうなんですか」

病院長が答えようとするのをさえぎり、川村先生はこう言っている。「いわゆる責任、管理と言う部分だけから考えていっても、現実に私はこういうものは防ぎようがないですね。管理っていう面だけ考えたら、逆に予防的の意味っていうのは効果としては薄くなるんじゃないかなと思っているんです……こういう問題はもちろんどうやってなくすか、そのために何が具体的にできるかということを検討しなきゃいけませんけれど、単純にそれは管理を強化するってことによって防ぎうるかと言うと、ぼくは、今日こういう事件が起きている中で、こういう意見を持つのは不謹慎なのかもしれませんけれども、管理っていうの以外の面からもっと追求していくと。それこそが治療的なんじゃないかと」

こんな状況だからこそ、これまで積み重ねてきたものを守りたい、という強い気持ちを感じます。そしてこのべてるの家につくられた空気感を守りたかったのは先生だけでなく、関わる人みんなだったのです。もちろん当事者達も。そして、被害者の親も「浦河でしてきたことを後退させないでほしい」と発言しています。動揺はもちろんしていたけど、べてるにいる人、関わる人、近い人ほど怖がったりせず、何かを変えようとしたりはしなかったのです。

たくさんの登場人物の話を読みながら、どの人にも自分に近いものを感じました。私はとりあえず適応していきているっぽいですが、どこからがメンタルか、そうでないか、に区切りはないのだと思います。ただ朝起きられて、夜眠れている日が多いだけです。明日起きられなくなるかもしれません。来週、何かをきっかけに爆発してしまうかもしれません。
そんな風に思います。
ですが、インタビューを受けた人達は、本当に、とんでもなく悩んでいるということも分かります。区切りがないようで、でもやっぱりその濃淡の違いはあるのだろうな、と感じました。

読みながら途中からとても苦しくなりました。劇薬でしたが、でも、そこを通り抜けた先に、「人はいつか死ぬもので、自分に与えられた生きている時間を、自分らしく生きることが大切だ」ということが身に染みて理解できた気もします。「治りませんように」の意味が少し分かったような気がしました。

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