歌解説『浜辺の歌』
Chère Musique
浜辺の歌
作詩:林古渓 作曲:成田為三
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも
はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
病みし我は すべていえて
浜の真砂 まなごいまは
この歌は大正5年(1916年)に発表されました。
作詩は林古渓さん、作曲は成田為三さんです。
8分の6拍子
寄せては返す波のような音型のピアノ伴奏が印象的な作品です。
ピアノ音楽には、舟歌バルカローレという種類があり、発祥はヴェネツィア、ヴェニスのゴンドラの揺れを表現する音楽から来ています。
このバルカローレはヨーロッパの海や河を題材とした音楽で多く用いられ、拍子は必ず8分の6拍子。
バルカローレにおけるこの拍子は、ゴンドラの揺れに端を発した「波を表すもの」として扱われています。
この拍子と、拍子の特徴を鮮やかに感じさせる歌とピアノのリズムは、日本古来の音楽にはないもので、明らかにヨーロッパの表現方法です。
成田為三さんは、1914年に東京音楽学校(現東京芸術大学)に入学し、ドイツから帰ったばかりの若き日の山田耕筰に教えを受けています。
歌詞の意味
この歌詞は文語調で作られており、この頃の他の日本歌曲と同じように、少しだけ難解な表現があちこちにあります。
「あした」は明日ではなく「朝」のことを、「ゆうべ」は前の日の晩ではなく「夕方」のことを表します。
「しの(偲)ばるる」とは、過去や離れたことや人を、あたたかく懐かしむ気持ちです。
「もと(廻)おれば」は、狭い範囲を歩きまわること。
「はやち」は「疾風」と書いて「はやて」と読む文字で、急に激しく吹きおこる風のこと。
「赤裳(あかも)」とは女性の赤い着物。
「ぬれもせじ」は元々は「ぬれひしじ」と作られたようで、これは、しっとり濡れそぼること。
「真砂(まさご)」は、白いサラサラとした砂。
「まなご」は愛する子ども。
日本の歌曲をはじめとした歌には、情景を語るだけで何かを表している歌が多くあります。
日本語という言語は、単純な単語や文章で深く意味が広がるのだと感じます。
この詩も、聴く人歌う人それぞれの体験による映像が、はっきりと見えてきます。
私のクラスでは夏の課題曲として取り上げることが多いです。
三番の謎
ところでこの歌は、三番の歌詞だけ意味が分かりづらい、情景や気持ちが
浮かびづらいと感じませんか?
病気をして療養していた私も、すっかり良くなった。
このきれいな砂を見ていると、愛しい我が子は今どうしているだろうかと想う。
前置きなく急に出てくる自分の話。
まるで読む人は事情をわかっている前提の言い方です。
この歌詞の成り立ちには、ちょっとした不思議なエピソードが。
元々は実は四番までありました。
はじめに発表された時に、何らかのミスで歌詞の三番の前半と四番の後半がくっつけられてしまったのです。
林古溪先生は「これでは意味がとおらない」と嘆かれたそうですが、版権などが曖昧な時代でした。
何年か経ってから「原詩を思い出したらどうか」と周囲が要請しましたところ、「忘れてしまったよ」という鷹揚なお返事。
ですがやはり古渓先生にとって不本意な形での発表であったようです。
教科書
1941年に李香蘭が歌って発売されます。
成田為三さんは終戦直後に亡くなりましたが、1947年中学生用の教科書に掲載され、1977年以降は中学二年生の教材に指定されています。
林古溪さんが先ほどの事情により三番の歌詞が歌われることを好まなかったため、教科書には二番までの掲載となっています。
成田先生の自筆譜と初めの出版では変イ長調ですが、教科書では中学生の声域に合わせてヘ長調に移調してあります。
エンディング
このような、美しい日本の情景を表す歌を、季節ごとに歌ってゆきたいですね。
YouTubeのヴォアクレールチャンネルで“歌の練習♪”というシリーズに『浜辺の歌』があります。
皆さまもぜひ楽しんでみてください。
https://youtu.be/NCFuzvMKEY4?feature=shared
Musique, Elle a des ailes.