明治を生きる戊辰の生き残り/山田風太郎『幻燈辻馬車』感想
読書の秋!
冬がくる前に、ミステリについて語りたい、布教したい!
そしてあわよくば、この文章を読んだ誰かが作品を手に取ってくれたら。
そんな願いを込めて、遅ればせながら秋の連続投稿チャレンジ参加です。
山田風太郎『幻燈辻馬車』
忍法帖シリーズで有名な山田風太郎の、明治ものの一つです。
山田風太郎と言えば、魔界転生などに代表されるような、独創的かつファンタジックな設定と、登場人物の悲哀を描き出す筆力、展開の妙が魅力です。
忍法帖シリーズに比べると知名度は劣るかもしれませんが、奇抜な着想はここでも健在。
主人公の干潟干兵衛(下巻表紙のおじいさん)は旧会津藩士。戊辰戦争と西南戦争を生き残った古強者ですが、明治の世の中では箱馬車の御者をして生計を立てています。
愛らしい孫のお雛(上巻表紙の女の子)が、いつも馬車の助手席に乗っています。
ダイナミックなストーリー展開が大きな魅力なので、各話の詳細については説明しにくいのですが、基本はオムニバス形式。干兵衛の馬車を利用する人たちの群像劇を横軸に、自由民権に向かってうねり始める社会の動きを縦軸にして展開していく物語です。
死者に思いを残す
独創的なのが、馬車から亡霊を呼び出すという設定。
お雛の父である蔵太郎は、干兵衛とともに西南戦争に出征し、戦死しています。しかし、お雛が心から助けを求めて「父!」と呼びかけると、当時の軍服、亡くなったときの血塗れのまま、馬車からあらわれます。
干兵衛たちが窮地に陥ったときに、亡霊の蔵太郎が助けてくれるわけですね。
そして蔵太郎の力でもどうにもならないとき、蔵太郎も母を呼びます。
すると、戊辰戦争のときに会津城下で亡くなった干兵衛の妻・お宵が出てくるのです。
お宵も亡くなったときの若い姿、血みどろのまま。生き残って歳を重ねた干兵衛を夫と慕うのが、倒錯的です。
物語を貫くテーマのひとつに、"あのときお宵を殺したのは誰だろう?"という謎があります。
お宵本人にも分からない、蔵太郎もすべてを知る前に亡くなっている。
折に触れて、干兵衛はその謎を明らかにしようとするのですが、お雛の成長とともに、呼びかける声が蔵太郎に届かなくなっていく…。
蔵太郎が呼び出せなければ、お宵も来てくれない。
残された時間は少ない――。
生き残った者の明治時代
「何故呼んだらすぐに出てこないんだ!」と叱るなど、息子や妻の亡霊と接する干兵衛のスタンスはからっとしているのですが、その心は戊辰戦争の頃に取り残されているのでしょう。
干兵衛は次第に、国家によって追い込まれてゆく自由党の壮士たちに心を寄せていきます。
破滅に向かっていることは明らかながら、熱を捨てることができない、捨てようとしない若者たちに、会津時代の自分を重ねているように見えます。
幕末を生き残った干兵衛は、明治の時代に思うことがあるようです。
馬車を利用して交錯する明治の偉人たちの群像劇としても面白いのですが、この死者に思いを残したままの家族というモチーフが、たまらなく魅力的です。
今なら、Kindle Unlimitedの無料公開リストに入っているので、時代劇・ファンタジー・ミステリのお好きな方は、是非この機会に「幻燈辻馬車」をチェックしてみてください。
そして感想を聞かせてください!
語りたい!語らせて!