【ひとりひとりが特別だった】-②ヨウタくんのこと
ヨウタくんのこと
自閉症で重度知的障がいのあるヨウタくんは、支援学校小学部の6年生でした。
ヨウタくんは「お母さん」と「ぷーさん」が大好きです。
ことばが出ないため、自分の思いが伝わらずにパニックになり、泣きながらたたいたり蹴ったり暴れたりしてしまいます。
小学6年生ですが、大人の私と身長は同じくらい、体重は1.5倍くらいあります。
力もとても強いので、パニックになると大変なことになります。
お店のガラスを割ってしまったり、壁に穴をあけてしまったり。
そういうことがあるたびに、お母さんは何度も何度も謝り、叱りたくもないのにヨウタくんを激しく叱りつけます。
ヨウタくんが小学6年になるまでに、数えきれないくらい謝ってこられました。
お母さんはひとりでヨウタくんを育てておられました。
お父さんがヨウタくんに暴力をふるうので、お母さんはヨウタくんを連れて家を出られたのです。
お母さんは体が弱いので薬を飲みながら一日中働いて、そのうえ家ではヨウタくんのお世話をしておられました。
お母さんはもう疲れ切っておられました。
けれどもヨウタくんは相変わらずパニックを起こしてしまうので、お母さんは辛くて辛くて、余計にヨウタくんを厳しく叱ってしまいます。
叱ってしまったあと、お母さんはワンワンと泣かれるのです。
私は、ヨウタくんも、必死に頑張るヨウタくんのお母さんも大好きでした。抱きしめたいほど大好きでした。
ヨウタくんには使える言葉が2つだけありました。
ひとつは「はい」ということば。けれども、その「はい」の意味は「YES」ではありません。「ごめんなさい。もうしません。」という意味です。
もうひとつは、「ぷーさん」という言葉。プーさんが大好きなのです。
私はヨウタくんに、小学部を卒業するまでに、あと2つのコトバを教えたいと思いました。
ひとつは「ください」というコトバ。(両方の手のひらを重ねる動作)
もうひとつは、「おかあさん」。
「ください」を理解するのはとても大変です。
たとえばお茶を飲みたいときに、「ください」をしなければ渡さない、ということをします。
「ください」ができたらすぐにお茶を渡します。
「ください」をしたらすぐにお茶を渡してもらえることを、ヨウタくんはすぐに覚えました。
けれども、それだけではお茶が欲しい時にしか使えません。
他のものが欲しい時にも「ください」が使えるように、写真カードをたくさん作りました。
初めは、お茶、靴下、かばん、タオル、トイレ、ブランコなど、ヨウタくんがよく使うものだけ。
カードを指さして「ください」をすればやりたいことや欲しいものを伝えることができます。
しかし、そのカードが使えるようになるには、その写真と実物が同じものだということが理解できなければなりません。
ヨウタくんにとっては難しいことです。
けれども何度も繰り返すうちに、使える場面が増えていきました。
その他、大好きな「ぷーさん」のカードも作ってみました。ヨウタくんは、やはり「ぷーさん」のカードを持って、「ぷーさん!」と発音して嬉しそうでした。
そして、「おかあさん」の写真もはりました。
私が、「おかあさんどれ?」というと、指さしてくれるようになりました。
そして次第に、自分で「おかあさん」と言って指さすようになりました。
ある日、ヨウタくんのお母さんからの連絡帳に、
と書かれていました。
小学部の卒業式の日、ヨウタくんはずっと私からはなれませんでした。
お母さんは「あんたは卒業するってことがわかってるんやなぁ」と言いながら、ヨウタくんのほっぺを両手で包みました。
私も、明日からヨウタくんと一緒じゃないと思うと、寂しくて仕方ありませんでした。
卒業式が終わって、私はお母さんと二人で抱き合って泣きました。
ヨウタくん、今は35才ぐらいでしょうか。どうしているのかな…
人間としても女性としても、滅多に出会えないほど魅力的なお母さん、幸せになってくださっていることをお祈りしています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?