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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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『プーと大人になった僕』と『劇画・オバQ』を比較して

※2500字を超える記事です。
 お時間のある時に、
 お付き合いいただけると嬉しいです。

※この記事は、
 2018年11月2日に書いた記事に、
 加筆修正をしたものです。

先日、劇場で
『プーと大人になった僕』
観てきました。

タイトルの通り、大人になった
クリストファー・ロビンのもとに、
くまのプーさんが
やってくるという話です。

本作の予告を観て、
思い出していたマンガがありました。

それは藤子・F・不二雄が
‘73年に『ビッグコミック』で
短編として描いた
『劇画・オバQ』です。

(『[異色短編集]ミノタウロスの皿』
 にも収録)

こちらは『オバケのQ太郎』の
パロディーのような作品で、

大人になった正ちゃんのもとに
Q太郎がやってくる話なんですが、
設定は『プーと大人になった僕』と
まったく一緒なんですよね。

そこで、『プーと大人になった僕』を
観終わったあとに、
『劇画・オバQ』を読み直して、
それぞれの内容を比較してみました。

今回はオチの部分がすごく重要なので、
途中からネタバレも含めて話しますが、

ネタバレのある部分は
その旨を明記して書くので、
まだどちらの作品も知らない
という方も安心して読んでください。


プーさんの問題点

二つの作品に共通するのは、

大人になった主人公のもとに
彼らがやってくることによって、
実生活を送ることに
不都合が生じるところです。

一度でも『プーさん』を
ご覧になったことがある方なら、
ご存知だと思いますが、

プーさんというのは、
非常にどん臭いキャラクターで、
あらゆる場面でハプニングを起こします。

映画の中のシーンを例に挙げると、

クリストファー・ロビンの家に
やってきたプーは、
早速、ハチミツをごちそうになるんですが、
まず、普通に食べることはありません(^^;

顔中にハチミツを塗って
ベタベタにしてしまうし、
それを床にもこぼし、

さらに踏んずけて
カーペットをハチミツだらけに
してしまいます。

ここまでならまだしも、
そこからさらに、
キッチンへと移動したプーは
うっかり食器棚を破壊してしまう始末。

子ども時代ならば、笑いごとで
済ますことができたかもしれませんが、

大人になったクリストファー・ロビンは
忙しいのです。

家に帰っても仕事、休みの日も仕事、
とてもプーの面倒は見ていられません。

プーと大人になった僕1

※画像は公式サイトより引用

Qちゃんの問題点

一方、Q太郎の方は、
一度でもマンガやアニメを
ご覧になったことのある方ならば、
ご存知だと思いますが、

Qちゃんというのは、
人一倍の大飯食らいなんですね。

個人的にも子どもの頃に観た
『オバQ』で一番記憶に
残っているのは、

ご飯を山盛りにした
茶碗にがっつくQ太郎の姿です。

子ども時代の正ちゃんなら、
いくらQ太郎がご飯を食べようが、
なんの問題もありませんでした。

ですが、大人になった正ちゃんは
今では立派な一家の主です。

その内、奥さんに
こんなことを言われてしまいます。

妻「毎食20杯でしょ、
  マンガならお笑いですむけど
  現実の問題となると深刻よ。」
正ちゃん
「もうしばらくがまんしてくれよ!」
妻「それにあのいびき!!
  わたしも夕べ寝られなかったのよ。
  ねえ、Qちゃんいつ帰るの?」

こんな夫婦のやり取りを
偶然聞いてしまった
Q太郎の悲しそうな姿が
せつなかったですね。

Q太郎

※画像は Amazon より引用

『劇画・オバQ』が掲載された
『ビッグコミック』は
青年誌なので、

この辺の描写は完全に大人向けで、
現実的で世知辛い内容が続きます。

『プー』の方は
ディズニーなだけあって、
あくまでも幅広い層を対象とし、
家族で楽しめる雰囲気がありました。


※ここから先はオチに関わる話なので、
 まだご覧になっていない方は
 ぜひ、両作品をご覧になってから
 読んでみてください。
(ネタバレを気にしない方は
 続きをどうぞ)


ーここから先はネタバレがありますー

プーさんのエンディング

両作品を見比べた場合に、
もっとも気になったのが、
オチの部分の違いでした。

劇場で『プー』を観た時には、
『劇画・オバQ』が
どんな結末だったかを忘れていたので、

後日、読み直して確認したのですが、
両者の結末の違いに
おもしろさを感じました。

『プー』の方の結末は、
一言で言うと、
円満なハッピーエンドでした。

プーが現われたことによって、
家族との時間の大切さを
思い出したクリストファー・ロビンは、
仕事ずくめの生活をやめます。

最後は妻と娘と三人で、
プーの住む100エーカーの森で
過ごす光景が描かれ幕を閉じるのです。

プーと大人になった僕2

※画像は公式サイトより引用

Qちゃんのエンディング

一方、『劇画・オバQ』が
どんな結末かと言うと、

Q太郎が来たことによって、
正ちゃんは小学校時代の
旧友たちを家に呼び、
同窓会のような集まりを開きます。

酒を酌み交わし、
かつての思い出話に花を咲かせた
正ちゃんは、

ずっと誘われていた
ハカセ(旧友)の
新事業に加わることを宣言します。

しかし、一夜が明け、
妻の打ち明けた話で事態は一変します。

なんと正ちゃんに子どもができたのです。

昨日の新事業の話は
どこかにふっ飛んでしまい、

正ちゃんは、
これから生まれてくる子どものために
これまで以上に、
今の仕事を頑張ることにしました。

家を出たQ太郎は、

「そうか……
 正ちゃんに子どもがね……
 ということは……
 正ちゃんはもう子どもじゃないって
 ことだな……」

寂しげな表情でつぶやき、
空に飛び立ったQ太郎の
後ろ姿で幕を閉じます。

Q太郎後ろ

※画像は Amazon より引用

二つの結末からわかること

この比較でどちらがいいとか悪い
という話をするつもりはないですし、

個人的には甲乙つけがたいほど、
どちらの話も好きです。

しかし、この結末の差は、
対象年齢の違いのせいもありますが、
なんだか、国民性が出てるなぁ
と思ってしまいました。

『プー』の方は、
働きづめだった主人公が
最後は「家族みんなで過ごそう」
という感じで終わります。

『オバQ』の方は結局、
子どもが生まれることにより、

Q太郎のことはどうでもよくなって、
「ますます仕事を頑張るぞ」
という結末です。

書いていてふと思ったのですが、

プーやQ太郎の存在は
「子ども時代の夢」
と置き換えることもできますね。

欧米では、
「夢や家族を大事にしよう」
みたいな話が好まれますし、

日本では夢とか家族との時間より、
身を粉にして働く勤勉さが
支持されがちのような
気がするんですよね。

何度も言いますが、
どっちがいいとか悪い
という話ではありません。

しかし、国民性の差というのは、
こういった作品の
結末の違いにも表れるんだなぁ
というのが妙におもしろく感じました。

みなさんもぜひ両作品を見比べて、
その差を体験してみてください。
どちらの良さもあると思いますよ。

プーと大人になった僕3

※画像は公式サイトから引用

※トップ画像も公式サイトから
 引用させていただきました。

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