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書籍レビュー『蟬しぐれ』藤沢周平(1986~1987)人間ドラマあり、自然描写あり、剣術アクションありの贅沢な作品

【約1800字/4.5分で読めます】

【こんな人にオススメ】
・時代小説が好き
・青春ものが好き
・自然が好き

【こんな時にオススメ】
・江戸時代の世界観に浸りたい
・人生の機微を味わいたい
・ハラハラしたい


'80年代に藤沢周平が新聞で連載

大変人気のある作品で、'90年代には宝塚歌劇団が舞台化、'00年代にはテレビドラマや映画にもなっています。

しかし、作者は新聞で連載していた当時、「なかなかおもしろくならない」と悩んでいたようです。

今いち手応えを感じられなかった作者が、本作に自信を持ったのは、単行本として本作が一つにまとまった時のことでした。

確かに、言われてみると本作は、一つひとつのエピソードは、地味なものも多い印象です。

しかし、それが「まとまった」時に、強烈な魅力をまといます。

派手さはないながら、じんわりとおもしろさが広がるところが本作のもっとも大きな魅力なのです。

舞台は架空の藩「海坂藩うなさかはん

主人公は15歳の牧文四郎です。

裕福ではないながらも、学塾で勉学に励み、道場で剣術を磨く、不自由のない生活をしていました。

本作は全部で21篇のエピソードで構成されており、序盤の4話までは穏やかな日常が描かれていきます。

このまま平和が続くのかと思っていると、5話「黒風白雨」で辻斬りが起こり、徐々に物語に暗雲が立ち込めてきます。

さらに6話「蟻のごとく」では、文四郎の父との別れがあり、物語は大きな転換点を迎えるのでした。

人生は楽あれば苦あり

長く生きれば生きるほど、この言葉を実感することは多くなるでしょう。

いいことばかりも続かないですし、悪いことばかりが永遠に続くこともありません。

なかなか暗いエピソードも出てくる本作ではありますが、それほど暗く感じさせないのは、主人公の前向きな性格が影響しているように思います。

人を押しのけてまで前に出るような「強欲さ」はありませんが、どんな逆境に立たされても、どこかで自分を信じる「芯の強さ」を感じさせるのです。

また、主人公を取り巻く人間関係も魅力的でした。

1話「朝の蛇」から登場する「おふく」は、妹のような存在でありながら、ひそかに文四郎が恋心を寄せる女性でもあります。

途中で文四郎の人生に大きな変化が出てからは、直接会うことはほとんどなくなってしまいますが、本作のラストにまで繋がる重要な人物です。

大親友の二人(小和田逸平、島崎与之助)も、また味わい深いキャラクターたちでした。

逸平は勝ち気で、どこか控え目な文四郎と対になるような印象があります。

友人の中で、一番多く登場するのもあって、読んでいく中で、逸平にはまるで「自分の友達」のような親近感を持ってしまいます。

彼の「人懐っこさ」が忘れられません。

与之助は、文四郎や逸平とは違って、剣術は苦手ですが、頭脳明晰な人物で、物語の早い段階から、江戸からお呼びがかかるほどの秀才でした。

文四郎と逸平だけでは「男」感が強すぎるのですが、与之助が入ることによって、清涼感が加わります。

逸平に比べると、与之助の出番は少ないですが、時には彼にしかない「賢さ」で文四郎をサポートする場面も印象的でした。

こうして振り返ってみると、本作には絶対的な「主人公」と「ヒロイン」、「名脇役」の親友が二人揃っていて、まさに「王道のスタイル」なんですよね(この構図の作品を挙げると、たくさん思いつくことと思われる)。

これらの魅力的な人物を配置する舞台が、山形県(庄内藩、城下町鶴岡)をモデルとする「海坂藩」ですが、この舞台の描写も素晴らしかったです。

くどくなり過ぎない程度に、街や自然の描写がほどよく挿入され、読者の頭の中に想像の世界が描かれていきます。

また、後半にある剣術のシーンも忘れられません。

息を呑むほどの緊迫感があり、ここはアクション映画さながらの躍動感に溢れています。

人間ドラマあり、自然描写あり、剣術アクションありで、「おもしろさ」をこれでもかと詰め込んだ贅沢な作品でした。


【作品情報】
初出:『山形新聞』夕刊(1986~1987年)
   単行本1988年/文庫版1991年
著者:藤沢周平
出版社:文藝春秋

【著者について】
1927~1997。山形県生まれ。
’71年、『溟い海』で作家デビュー。
代表作『暗殺の年輪』(’73)、『たそがれ清兵衛』(’83)、『蟬しぐれ』(’88)など。

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